「海賊という悪を滅ぼすためなら手段など選ばん」と口癖のように宣言しているナマエ少将の下にサカズキが配属されるのは、ナマエにとってはサカズキの噂を聞き及んでいた頃から想定内のことだった。なにせ海軍学校を卒業したばかりなのに実力は化物級。けれど悪とみなせば敵味方関係なく、時には民間人まで巻き込んで死に至らせる。その上彼はまだ年若く、周囲に合わせて自分の信念を曲げることが出来ないときた。潰すには惜しく、けれど扱いづらい新兵だ。下手に頭を押さえつけようとすれば暴発することなど、もしかしたら既に実験済だったかもしれない。とにかくどんな経緯であれ、サカズキはナマエの部下となった。
サカズキとナマエはよく似ている。だからこそ上手くいったのだろう。暢気な口調でへらへら笑って話すナマエは温和な性格だと誤解されやすいが海賊に対しては過激で苛烈なバーサーカーだ。海軍は海賊に何をしてもいいと部下に教え、自分でもそのように実践している。圧倒的な暴力のみで悪を殲滅するサカズキに「お前は優しいね」と幼子を見守る目で微笑み、騙し討ちや情報操作を教え、必要以上にいたぶることで心まで傷付けられるのだと胸を張って手本を見せた。
ナマエとしてはサカズキを懐柔しようとそう振舞ったわけではなく、いつも通り自分の信念を貫き通しただけだが、当時圧倒的な実力による極端で情のない正義を批判されてばかりだったサカズキにとってナマエは初めての『同志』だ。そしてナマエにとってもサカズキは、強きをもって悪をくじく理想的な海兵の姿だった。きっと歳が近ければ良き友人となっていただろうが、残念ながら親子ほどの年の差があったので二人の関係性は歪んでしまった。ただの上司と部下というにも、少しばかり不健全だ。
「
「おおサカズキ、おつかれさん」
遠征から戻り、報告書も出し終えて帰宅しようと昇降口に向かったナマエを迎えたのは、他の部下と一緒に先に帰らせたはずのサカズキだった。「どうした?」と聞いても「野暮用で残ってました」という嘘が返ってくるだけだ。どうせ自分を待っていたんだろうと見当はついている。サカズキが遠征のあと、やたらとナマエの傍に居たがるのは今回が初めてではない。本心を知っていて遠ざけるのはいつまで経っても素直になれない彼に対するちょっとした意地悪だが、ありもしない「野暮用」が何かを追求したり、そうかじゃあまた明日なと突き放したりしないのはナマエとてサカズキが可愛いからだ。
サカズキがナマエを待つ理由をナマエは知っている。構って欲しいのだ。遠征での活躍を褒めたり、あるいはまだ生ぬるいと叱られるでもいい。構ってほしくて、なにか口実やチャンスを探しては公私ともにナマエの傍にいたがる。はっきりとサカズキの口から構って欲しいと聞いたわけではないし彼は見破られているとも思っていないだろうが、態度で丸分かりである。「よくやったな」と褒めて、頭を撫でた時にほんの少しだけ緩む口元とか、その日の海戦の話になると途端にそわそわして落ち着かなくなる視線だとか。むしろ何故気づかれていないと思えるのか不思議なくらい、サカズキの態度は素直だ。口ばかりは未だに、彼のプライドのせいか可愛くはなれないようだけれど。
「お前、暇ならこのあとメシ行くか」
「…はい、暇なので」
わざとらしく付け加えた「暇なので」があまりにもわざとらしくて、ナマエは笑いをこらえるのが大変だった。ぎゅっと唇を噛んで厳しい顔をするナマエにサカズキは「迷惑ですか」と見当違いな心配をして眉を下げるので、ナマエはやはりサカズキが可愛くて仕方がない。よしよしと頭を撫でてキスをして抱きしめて、お前はいい子だよと甘やかしてやりたくなるのだから、サカズキの知らないところでナマエとサカズキの関係は着実に不健全なものへと進んでいる。友人にはなれない。上司と部下というには歪んでいる。例えるなら飼い主と犬というのがナマエの中では一番しっくりくるのだから、やはりどうあがいても不健全だ。