エース長編 | ナノ


突然部屋に入ってきて足元に正座で腰を下ろし、今しがた起こった出来事を懺悔し始めたカイロに、思わずマルコはうなだれた。末っ子に敵意を向けるなと言ったそばから、これだ。
ひとしきり話し終えたカイロの頭にとりあえず踵落としを食らわせるが、それで実際に現状が良くなるわけでもない。無意識だからタチが悪いこの男の最大の欠点は、悪魔の実を食べてからもう20年も続いているというではないではないか。今更注意をしたところで直ぐさま治るようならば本人とてこんな損な性格をしていないだろう。
しかし、放置して新しい家族といざこざを起こされても困るのだ。深い溜息を吐いたマルコに、カイロは未だ正座のまま不安な瞳を向ける。左頬が打撲と火傷により腫れていて、エースに殴られたというその痕は赤く痛々しい。マルコが爛れた膚に指を這わせると、カイロの顔は僅かに歪んだ。

「…お前なら避けれただろうよい」

いくら有望株だといえど、エースはまだ若い。直情的な攻撃をまともに喰らってしまうほどカイロは経験の浅い男ではないはずだが、現にまともに喰らってしまっているのが不思議でならなかった。エースに対して謝罪のつもりなのか、それともマルコがカイロを過大評価していたのか。しかしカイロからの返答は、そのどちらとも違う。

「…綺麗だった」
「あ?」
「拳を握った瞬間、炎になったんだ。赤くて、綺麗で、見惚れて…避けるのを忘れてた」

遠い目に憧憬を浮かべて、それからすぐに嫉妬の気配が現れる。ぎりぎりと釣り上がる眦、歯を食いしばり、眉間には山のような皺。般若のような顔は、ここのところ一途にエースへと向かっていた。
どうせならば火になりたかった、と20年間願ってきた理想像が、今まさに目の前に現れたのだ。悔しいことだろう。羨ましいことだろう。カイロでなくても妬む気持ちはわかるが、だからと言って放っておいたらカイロとエースの溝は深まるばかりだ。単に反りが合わないだけならばお互い近付かなければ良い話だが、カイロの羨望と嫉妬は強い覇気となってエースに向かっていく。事情を知らないエースが苛立つのは当然で、また乱闘騒ぎが起きるのは予想に易い。マルコは再び溜息を吐いて、カイロの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「…呆れたか?」
「今更だよい」
「……マルコとオヤジに見放されたらこの船で生きていけない」
「馬鹿言ってんじゃねェ」
「馬鹿なものか」

本当のことだ、と囁いた言葉は、情けなくて哀れで、ひどく脅迫じみている。そんなことを言わなくたってこの船の誰もが見捨てたりしないことを、カイロは未だに信じようとはしないのだ。


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