500000 | ナノ


諜報活動や暗殺ばかりをしてきたブルーノ達にとって、諜報活動も暗殺もしない長い船旅というのは初めての経験である。船の舵取りはもちろん、食料調達から炊事洗濯掃除など、身の回りのことを自分で全てまかなわなければならない。一般市民に混じって5年ほど生活してきたブルーノ達にはなんの問題もないが、元々が協調性のない連中である。怒鳴り合い貶し合い、喧嘩をしながら過ごす日々というのは騒がしくて煩わしい。それでも何かが吹っ切れたように清々しい気持ちで笑えるのだから、あの敗北の日というのは無駄では無かったのだ。



    いい加減にして!」

今日も船のどこかから、喧嘩をする声が聞こえてくる。声の主はカリファだ。そう感情的になることの少ない彼女だが、このメンバーの中では唯一の女性である。男ばかりでデリカシーのない連中に囲まれて、フラストレーションが溜まることもあるだろう。キンと響く甲高い声は壁を抜けて響き、部屋で休んでいたブルーノの目を覚まさせた。相手は誰かはわからないが、おそらくはジャブラだ。停泊している島でルッチとカクは航路や時事の情報を仕入れに、クマドリとフクロウは買い出しに出かけて、今しがた帰ってきたのでなければこの船の中には船番のジャブラと日用品を買いに行く前に風呂に入ると言っていたカリファ、そして今朝方まで不寝番をしていて休んでいたブルーノしかいない。それに、ジャブラは妙に女心を理解出来ないところがある。だからこそ毎度恋をしてはフラれるはめになるのだが、本人にその自覚がないのがまた悪いところだ。今は口論だけで済んでいるようだが、もしもエスカレートするようならルッチが帰って来る前に止めなければならない。仲の悪い二人は片方が何かしでかすだけでと苛つき始めていつの間にか原因そっちのけで喧嘩をし始めるのだ。また船が痛む前に事態を治めておきたいが、普段ストッパー役のカリファを止めるというのはまた面倒な話である。
とりあえずベッドからむくりと体を起こしたブルーノは、部屋を出てカリファの部屋の方向とは反対側に進んだ。目的は甲板だ。ルッチが帰ってくる前に他のメンバーが帰って来てくれれば、味方を伴って仲裁に行けると踏んだからだった。

しかし。


「…どうしてお前がそこにいるんだ」

甲板の、マストを支える柱を背もたれにして寝ていたのはジャブラだ。そよそよと吹く風と、柔らかく降り注ぐ日差しを身体に受けて寝転がっている。
いや、そこにいるのは正しい。ジャブラの役割は船番であり、誰かが侵入してきた際にすぐに気付けるような位置にいるのは正しいことだ。寝ていることも咎めはしない。どうせ眠りは浅く、なにかあればすぐに覚醒出来るのはジャブラだけでなくCP9全員の習性だ。それは構わない。しかし、ならば、カリファと話しているのは。
いくら常人より感覚が優れていたとして、壁をいくつも隔てた先のことなどわかるはずもない。探っても不可解なのだからなおさらだ。電伝虫で誰かと話しているのならいい。だが、誰と?
仕事のために数え切れないほど裏切ってきた自分たちに電話が出来るほど親しい人間がいないのはわざわざ確認しなくてもわかることだ。ならば、カリファが話しているのは。

「…死んだ恋人とでも話してんだろうよ」

ブルーノが踵を返してカリファの部屋に行こうとしたところを引き止めたのは、いつの間にか瞼を開いていたジャブラの吐き捨てるような言葉一つだった。「死んだ恋人」。どうやって話すというのか。面白くもない、ひどい冗談だ。

「…死んだ人間とは、話せるわけがないだろうが」

本気で言っているのなら、頭を疑った方がいい。死んだ人間とは話せるはずがない。果たしてそれは、この世の真実だ。疑いようのない、真実だ。

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