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※netaのこれの設定。



少女のように愛らしく、淑女のようにしとやかで、聖女のように清らかなその女性を、パウリーは一目見た時から忘れられない。きらきらと光に透けて輝く硝子玉のような大きな瞳と、それを縁取る長い睫毛が特に印象的だった。胸元をきちんと隠し、フリルがあしらわれたスカートは膝下の丈。貴族の姫のような格好は露出こそ低いのに女性らしさは損なわれず、むしろその華奢な肢体が際立って魅力的だ。日差しを避けるために差しているのだろう小さめの傘が、余計に彼女を儚い存在に思わせる。
まるで絵画の中の天使が命を吹き込まれて飛び出てきたようだった。目の前の彼女が本当は作り物の人形だと言われても納得してしまうくらい、不自然なくらいに愛らしく見える姿からパウリーは目を離せない。

「あの、すみません」

鈴を転がすように澄んで美しく響く声が自分に向けられているのだと気付いた時、パウリーは全身から妙な汗が吹き出すのを感じた。顔が熱くて心臓がばくばくと波打って、話しかけられているのに返事すら出来ない。パウリーはその意味を知らなかった。目を離せない理由も、声をかけられるだけで体温が上がってしまう理由も、声が枯れたように出なくなってしまう理由も。頭がくらくらして、全身に力が入らない。咥えていた葉巻を落としてしまったのにも気付けなかった。それを理解できたのが、その女性が心配そうな表情を浮かべてパウリーに一歩近づき、細い足を折って地面に転がった葉巻を拾い上げてくれたからだ。

「困ったわ。ガレーラカンパニーまでの道を伺いたいのだけれど…具合が悪いのかしら」

熱中症なら大変、日陰に移動できますか?
導くようにそっとパウリーの掌に添えられた指先は細くしなやかで、なによりひやりと冷たかった。それにびくりと肩を揺らしたパウリーにますます心配そうな表情を強めた彼女は、「大変、とても熱いわ。動けないのならせめておかけになって。すぐにお医者さまを呼んでくるわ」と反応のないパウリーに一生懸命話しかけると、スカートの裾が汚れるのも構わずパウリーの手を引っ張るように地面へと膝をつき、力の入らない身体を安定させるように座らせてくれた。手を握った指はとても冷たく感じたのに、握られた部分がとても熱く感じて火傷してしまったかのようにじんじんと痺れる。なにも言えず、幼い子供のように地面に腰掛けたパウリーに、彼女はさらに追い討ちをかける。日に焼けたら爛れてしまいそうなくらい白い肌をしているくせ、小さな日傘をパウリーに握らせると「いい子で待っていてね」と聖母のように柔らかく慈愛に満ちた声でパウリーの頭を撫で、助けを呼びに行ってくれたのだ。
走るのが苦手そうなのにスカートの裾を揺らして駆けていく背中に、パウリーは正体もわからず『だめだ』と思った。あれはだめだ。いけない。とてもいけない。心を蝕み、食いつくし、全て奪われてしまうような、恐ろしいくらいだめなものだと直感でわかった。なのにパウリーはそのだめなものから目を離せず、むしろ追いかけたいと考える前に彼女の言いつけを守らず立ち上がって走り出してしまったものだから、きっともう、取り返しのつかないくらいにだめだ。

「ちょ、っと、待ってくれっ!」

からからに乾いた喉でひり出した声はがさがさに掠れてみっともなく上擦り、恥ずかしくてパウリーの体温はさらに上がった。驚いて振り向いた彼女の瞳が、見開かれてさらにきらきらと輝く。だめだ。ほんとうにもう、だめだ。

「まあ、いけないわ!おとなしくなさって!」
「ぇぁ、う、」
「とても熱があるのよ、動いてはいけないの」
「ぐ…」
「苦しいのでしょう?無理をしてはだめ、ね?」

「…往来でなにをしとるんじゃあ、パウリー、…と、なまえ?」

追いかけてきたパウリーの手を握り、大人しくしているよう説得する彼女にまた喉が塞がってしまって、言葉にならない声しか出せないパウリーを救ったのは通りがかったカクだった。どうやら二人は顔見知りらしく、彼女はパウリーの手をあっさり離すとカクに向かって事情を説明している。「カクちゃん」と呼ぶ親しげな声が、パウリーの胸にちくんと刺さる。
じくじくと痛む場所を押さえると、その様子を見たカクは合点がいったとばかりに頷き、にやりと笑った。いやな顔だ。全てを見透かされた気分になって、いささか居心地が悪い。

「ねえ、この方具合が悪いみたいなの。お医者さまを呼んできてあげて」
「いやなに、それには及ばん。パウリーのそれはのう、発作みたいなものじゃ」
「まあ、お知り合いなのね?」
「ああ、これから先ちょくちょく起きるかもしれんが、まあ死にはせん」
「そうなの…こんなに苦しそうなのに…かわいそうだわ…」

再びそっと手を握り、「無理はしないでくださいね」と見ず知らずの他人にまで気をかける彼女の無垢な瞳に、パウリーはもう完全にだめだった。カクがにやにやと笑っているのも気にならないくらい、だめになってしまった。

それが恋だとはっきり名付けられたのは彼女の『弟』だというカクで、一筋縄ではいかないと気付いたのはカクに弁当を届けにきた彼女がアイスバーグをうっとりとした目で見つめていたから。

そしてそれらが全て『嘘』であり、彼女が少女でも淑女でも聖女でもなく、悪女どころか『女』でもないと教えられるのは、ガレーラの屋敷が燃え盛る炎に包まれる日。パウリーが恋に落ちて、5年後のことであった。

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