500000 | ナノ


「おれの船長は、ロジャーだけだ、シャンクス」

分かっていた。断られることは、理屈や道理を並べるよりもはっきりと、感覚で分かっていた。なまえさんはおれと一緒には来ないし、海賊を続けることもない。金銀財宝や冒険に大した興味を示さない彼が海賊である理由なんて、ロジャー船長が船長だったからに他ならない。なまえさんはロジャー船長が大好きだった。「病気に殺されるくらいなら、おれが殺しておれも死ぬ」って、にやにやしながら冗談のように言っていたあの台詞。本当はちょっと本気だったんだろう。分かってた。分かってたんだ、おれじゃダメなことくらい。それでも、分かっていたとしても誘ったのは、彼の手を離してはいけないと分かっていたからだ。なのにおれは、捕まえておく術を知らなかった。彼と一緒に立ち止まることは出来なかったから、引きずっていこうと手を差し伸べた。それでも、まだまだ非力なおれの手じゃあ、引きずるどころか掴んでおくことも出来なかった。それも、本当は、分かってたんだ。

ロジャー船長は死ぬ。

どうしようもないことだった。どれだけ優秀な医者に痛みを和らげてもらったところで、それは痛みの原因が和らいだわけじゃあない。知らないふりをしただけで、死は足音を忍ばせて近付いてくる。
誰もが歯痒く感じて、自分の無力を呪ったことだろう。おれもそう。なまえさんだって、そう。おれたちはみんな同じ気持ちだったから、痛いくらいに分かる。刻々と迫りくる終焉を、それでもなまえさんはじっと待っていた。怒ることもせず、泣くこともせず。いつもどおり、にやにや笑って。それが我慢なのか諦めなのか逃避なのかわからなくて、おれはずっと不安だった。だから、今日。ロジャー船長の口から、最後の船長命令である「解散」が言い渡された日。何かに急かされるようにして、おれはなまえさんの手を握った。「おれと一緒に来て」って。「おれと海賊やろう」って。なまえさんの頭の中に刷り込むみたいに、それしか道がないみたいに、言った。断られることは、分かっていたけれど、それでも。

「シャンクス」

優しい声。はっきりとした言葉や誠意ある態度で表されなくたって、なまえさんの心の内が分かるようになってきたのは最近のことだ。おれはこの人に誰よりも甘やかされていた。誰よりも近くにいた。誰よりも愛されていた。それは真実だった。だのに、掴んだ手は握り返されることがなかった。おれのおねだりに甘ったるい声で返事をして、近すぎる距離で「もっと可愛く言ってみな」と囁くこともない。なまえさんも分かっていたんだ。おれが誘っても断られると分かっていたことを、分かっていた。だからこうやってわざわざ言葉にして断るのは、素直じゃない彼が提示した決別だ。さよならって言う代わりに、なまえさんは言った。おれではなまえさんの船長になれないこと。なまえさんにとっての船長は、この世にたった一人しかいないこと。そのたった一人は、なまえさんの手を離してしまうっていうのだから、おれもこの人もとことん報われない。

正直な話。おれはロジャー船長に妬いていた。あれだけ大好きだって言ったくせに、最後の最後であっさりとおれの手を離すなまえさんが許せなかった。
なまえさんを置いていってしまうロジャー船長も、置いていかれると分かっているのに他に道を探そうとしないなまえさんも、どうしてって詰りたくなる。どうしようもないんだと、それすらも分かっていたから、おれはただ泣くことしか出来なかった。「おいおい、おれを誘うわりにゃァ頼りねェなァ」となまえさんが笑う。分かってるよ。でも、最後なんだからいいだろう。あんたが立ち止まっても、おれは行かなきゃいけないし、あんたもそれを望んでる。お別れなんだ。分かってる。だから、今日くらい、ロジャー海賊団が解散してしまった今日くらい、あんたの庇護から離れる今日くらい、最後に泣いたっていいだろう。

「なまえさん」
「ん」
「好き」
「ああ、知ってる」
「なまえさんは?」
「知ってるだろう」
「知ってる。おれのこと、大好きだろ」
「ああ、もちろん。そのとおり」

にんまり笑った唇が、慰めるみたいにおれの瞼にキスを落とした。知ってるよ、あんた、おれのこと大好きだって。だから、おれには頼りたくないんだって、分かってたよ。おれのことばっかり考えて、おれのために、おれのそばには居てくんないんだ。ばかじゃねーのって思うけど、それもきっといつか分かるような気がするから、おれは素直に受け入れてあげる。じゃないときっと、困らせるだけだから。

「なァ、なまえさん。『愛してる』って言ってみて。真顔で」
「そのうちな」

ああ、それにしたってこの人は、最後まで素直じゃないんだなァ。







    ってなァ、おれはさァ、なまえさん。あんたと今生の別れを覚悟したんだぜ?」
「ふーん」

軽い調子で頷いたなまえさんは、記憶の中の彼とまったく変わりない。そりゃそうだ。なんせ2週間前に別れたばっかり。あれからあっという間に行方不明になったくせに、あっという間にまたおれの前に姿を現したなまえさんは、右手に持ったビブルカードをひらひらと振ってニンマリと笑った。船長のことも、海賊団のことも忘れたような顔で、おれだけを見てる。いつものなまえさん。
そうだ。この人がそんなにしおらしい人じゃないっておれは分かっていたはずなのに、なんで忘れていたんだか。

「お前と、バギーと、ついでにレイリーとクロッカス、その他もろもろ。ビブルカード作るのに手間が掛かっちまってよォ」
「…おれだけじゃねーのかよ」
「そりゃそうだ。お調子者のバギーが海軍にでも捕まっちまったらターイヘーン」
「レイリーさんは?」
「こんな時代だ、ストレス発散のおもちゃは必要だろ?」
「なまえさんサイテー」
「はっはっは」
「…おれにも、あんたのビブルカードくれよ」
「はっはっは」

にんまり笑った、化け猫みたいな憎たらしい顔。

やっぱりこの人、素直じゃない!!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -