「シャッキーさァああん!!またとられたァあああ!!」
大きな酒樽を抱えて、情けない声を上げながら入ってきた青年にシャッキーは至極楽しそうに笑った。「笑いごとじゃない!」と怒る割に、手はきちりと仕事をこなして酒樽を所定の位置においている。体に染み付いた仕事の工程は、彼の泣き言と同じようにルーチンワークとして組み込まれているのだろう。感情にとらわれて自分の義務を放棄しないのは感心出来ることだ。シャッキーはにこりと笑みを深くした。
「いいじゃないの、女なんてまだいくらでもいるわ」 「いくない!これで何度目だと思ってんの!?なんなの!あのおっさんなんなの!おれと女の趣味一緒なの!?」
拳を振り上げてぷんすかと怒りをあらわにする青年、名前をリカーというが、彼はこのシャボンディ諸島にて酒を売り物にする卸問屋の若社長だ。気立てのよい性格が幸いし、彼を贔屓にする店も少なくはないほどに好かれてはいたが、いかんせん惚れっぽいのが玉に傷だった。しかしそれでも『みっともない女たらし』だとレッテルを貼られないのは、彼の惚れた女性がすべて一人の男によって先に手を付けられてしまっているせいだ。その件の男は、ひょんなことからリカーの家に住んでいるという居候である。
「くそぉ…!絶対に今度はあの人の好みじゃないと思ったのに…!」 「あら、そんな基準で選んだの?悪い子ね」 「だっておれが今一番警戒すべきはあの人だもの。それでもちゃんと愛してたもの。おれワルイコチガウ」
ムスッとした顔でカウンターに寄り、本日分の納品書をシャッキーに差し出す。シャッキーはそれにサインをするついでに、一杯のブランデーを彼の目の前に置いた。「サービスよ」。ご丁寧なウインクのおまけ付きに、怒りで歪んでいたリカーの顔はいとも簡単に緩んだ。
「シャッキーさん愛してる…!やっぱりおれにはあなたしかいない。結婚してください」 「気が向いたらね」 「求婚を軽くあしらう余裕が素敵だ…」
恨み言から一転、シャッキーへの愛を囁くリカーはなにも軽いわけではない。いつだって本気ではあるのだが、諦めが異常に早いのだ。どうせすぐにその居候にとられたという女もリカーを軽くあしらうシャッキーも諦めて、まったく違う女に心を切り替えているのだろう。 ワルイコね、とシャッキーは笑った。きっとリカーは気付かないまま、明日も新しい恋に落ちるのだ。
|