サカズキ長編 | ナノ


「クザン、あれはね、まともに相手をしちゃダメだ」

優しい声と穏やかな目付きで爽やかに笑いながらクザンに忠告をしたのは、クザンと同期であり、カルデラとは幼馴染みだという海兵だった。顔見知りのせいか彼もクザンと同じように度々あの頭のおかしい先輩にクザンとは別の意味合いで絡まれてはいるが、まるで怒らず、笑顔で流して、何事もなかったかのように日常を過ごしている。その精神力がすごいと素直に感心したクザンは、カルデラという男の正体をその幼馴染みから聞いた。あれは何の意味もない、ただの頭のおかしい男なのだと。

「カルデラはスリルが好きなんだ」
「…スリル?」
「そう、命が危険にさらされるのが大好き。昔から近所のガキ大将やチンピラに喧嘩を売ってはげらげら笑っていたよ。私も何度巻き込まれたことか」
「…おお…」
「だから、相手をしちゃダメだ。殺そうとなんか思っちゃいけないよ。それこそ思うつぼだ。腹が立つだろうけど、無視をして1ヶ月くらい待つといい。相手にしなければ、飽きて構わなくなるから」

辛いだろうけど、頑張って、と諭す彼は、それを理解するまでにどれだけの被害を受けたのだろう。しかも海軍に入隊してなおも、幼馴染みという関係のせいで懲りずに絡まれてしまっている。それを思えばクザンが受けたなど軽いものではないかと自分を奮い立たせ、無視を決意した。あれを完全に無視出来るようになる頃には、クザンも随分と精神力が鍛えられているに違いない。

「…そういやお前、あいつと幼馴染みなんだろ?なんで同時期に入隊しなかったんだ?」

素朴な疑問を聞いたクザンに、彼はにっこりと笑った。カルデラとは正反対に純粋で清らかで、なんとも正義の海軍らしい、爽やかな笑顔だ。

「海軍に入るつもりはなかったんだけど…カルデラが運命の人を見付けたなんて興奮しながら連絡してくるから、心配になって」
「何それ…可哀想だな、運命の人」
「うんそう、可哀想だよね、運命の人」

他人事のように心配する二人から遠く離れた、本部内の一角。噂の『運命の人』は、今日も頭のおかしい男による落とし穴に嵌められて、思うつぼとも知らずに大噴火していた。


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