潜入先の静かな街、ジャブラとマルの下宿先には毎日手紙が届く。差出人は女の名前。郵便屋の男にはこの島へ来て早々に顔を覚えられ、「お熱いことで!」と毎日からかいまじりの挨拶を受けている。
貧しい島から出稼ぎに来ている兄弟。そして弟の方には、故郷に置いてきた彼女から熱烈なラブレターが届いて、離れていてもとても幸せなようだ。郵便屋の彼にはそう見えていることだろう。
しかしその全ては紛い物だ。
マルとジャブラは単なる諜報部員で、この街には出稼ぎではなく暗殺に来ている。送られてくる手紙は女性からではない。女性の名を騙ったカクからだ。マルと同時期に政府に拾われ、同じくCP9に入り、今でも仲睦まじくしている二人は、ジャブラから見ると何やらおかしい。友人にしては行き過ぎていて、恋人にしては一方的だ。カクが真っ白な便箋にびっしりと書いた手紙を一日一回、何枚も封筒に詰めて届けているというのに、マルは三日に一回、あるいは一週間に一回、適当なチラシの裏に一言だけ書いて返すだけ。
「そんなんでいいのかよ」
「いいんじゃない?文句言われたことないし」
「普段はお前がべらべら喋りまくってんのにな」
「文字にしてまで伝えたいことってないしなァ」
そんなものだろうか。ジャブラにもし想い人から手紙がきたら、自分の持つボキャブラリーの全てを使って返事を書くというのに。マルが一週間と二日ぶりに書いたカクへの返事は、例に違わずたったの一言。『愛してるよ、カクちゃん』。それだけ見れば、ジャブラも「お熱いことで」と言えるのに。記した紙は足元に散らばっていた雑誌から比較的白いページを破いて作った便箋なのだから、愛に関してはまともな感情を持っているジャブラはひどく複雑な気分になるのだった。