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「好きな人には幸せになってもらいたいじゃないか。二人は違うの?」

鋭いくらい真っ直ぐに突き刺さるなまえの言葉に、ジャンゴとフルボディは「うっ」と呻いて胸を押さえた。なまえの言うことは確かに尤もだ。好きな人には幸せになってもらいたい。そこに異論はない。ただし、自分が幸せにすることで、という前提が彼には無いようだった。

なまえとジャンゴとフルボディの三人は、同じ部隊の同じ階級という以外にも共通点がある。一人の女性を同じく好いているという隠す気もない事実だ。その女性はこの部隊の隊長であるヒナに他ならないのだが、花を捧げ彼女の為に戦い必死で男をアピールするジャンゴとフルボディとは違い、なまえだけは一歩離れたところで彼女を見守っているのが常だった。初めは臆病風から来る引っ込み思案だと思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。なまえはとてもアピールしている。どうです最高の男でしょう付き合ってくださいヒナさんきっと幸せになれますよと必死にアピールしている。だが自分のことではないのだ。ヒナと同期で、大将青キジの副官をしている男を、ヒナの恋人にしたくて全力でアピールしている。

なんでだよ、とジャンゴとフルボディは不思議でならなかった。その青キジの副官となまえが大の仲良しであればまだ『親友の為に自分の恋を諦める男』として美談に見えるのだが、なまえと副官の関係は『上司の友人』というたったそれだけだ。ヒナと親しげに話す姿を発見する度に邪魔をしにいくジャンゴやフルボディと違い、なまえはつい最近まで彼と話したこともなかったらしい。

なんでだよ、と二人は直接なまえに聞いたが、その答えはやはり納得出来そうにはなかった。曰く、「だって、真面目で優しくて誰にでも公平で、大将の副官なんていう良い位置にも就いてる。大事にしてくれそうだし、恋人にするなら最高じゃないか。噂じゃ料理も美味しいんだって。おれヒナさんには誰よりも幸せになってもらいたいんだよ。誰に評判を聞いても誉め言葉か明らかなやっかみしか出てこないあの人なら、ヒナさんを幸せにしてくれるはずだ」。何故そこで、おれが幸せにしてやる!という気概が出てこないのか。それが男の甲斐性というものではないのか。ジャンゴとフルボディの二人が口を揃えて反論をするが、なまえはどこ吹く風で聞き流す。そして今日もアピールするのだ。自分ではない他の男を。

「彼の話はもう結構。耳にタコが出来るわ。ヒナうんざり」
「おれには何でお二人が付き合わないのかいい加減うんざりです。あんなに仲良さそうなのに!あんなにお似合いなのに!」
「彼には恋人がいるって言っているでしょう!」
「嘘だ信じない!ヒナさん以上に良い女がこの世に存在するはずがない!」
「あなたのその思い込みが激しいところ、直した方がいいわ。ヒナ心配」
「ほら、単なる部下のおれを心配してくれる!ヒナさん以上に良い女なんているはずがない!」
「皮肉よ!」

ヒナの両手を包み込むように握って鬼気迫る様子で言い募る姿は正に口説いているのだが、艶めいた雰囲気など一切ない。訪問販売もびっくりの単なるごり押しだ。
あの人のこうこうこういうところが良くて、あの人のあれがああなってあんなところがヒナさんに合っていて、あの人のそのそういったそれをそうすればヒナさんは幸せになれるんです、幸せになって欲しいんです幸せになって下さい!!
なまえを見ていると、ヒナの幸せを一番に祈っているのは確かに彼だと思う。何故おれ達を推薦しない、とジャンゴとフルボディが聞いた時、「階級低いし弱いし自分勝手でプライド高い。無理だね無理無理二人にはヒナさんを任せられないよ」とまるでヒナの父親のようなことを言われて大喧嘩したこともあるが、ならばなまえ自身はどうなのだと問えば、「おれはまだまだ弱いからヒナさんを守れない。それならせめてヒナさんの為に死にたいんだよ。ヒナさんに傷を付けたくない。ヒナさんの盾になって、ヒナさんの代わりになって、ヒナさんの命のスペアになるんだ。ヒナさんを未亡人にするわけにはいかないだろ」という訳でなんの躊躇もなく却下していた。満面の笑顔で語るくせに恐ろしいほど重たい愛情だ。命まるごとヒナに捧げている。そして当事者のくせにひどく客観的だった。
ヒナの幸せを一番に祈っているのは確かになまえだが、彼が勧める幸せにヒナの意志や選択はひとつとして入っていないのが、ヒナに彼を疎ましいと思わせる一番の理由だろう。なまえはとても、自分勝手だ。


「すいません、ヒナ大佐はいらっしゃいますか、…と、お取り込み中かァ」

ヒナとなまえのいつもの攻防にそろそろ乱入して止めようかと思っていた二人の元に、書類を持って訪ねてきたのは件の副官殿だ。条件反射のように睨み付けて、おうおう何しにきやがったヒナ大佐に用事ならおれ達を通してもらおうか、と偉そうに喧嘩を売っても笑顔でスルーされるところが彼が優しいと評される由縁だ。ジャンゴとフルボディには、相手にされていないようで腹が立つ。二人で取り囲んでガンを飛ばすと、彼は苦笑して離れたところにいるヒナとなまえを見た。副官殿が訪ねてきたことにも気付かず、副官殿の話で攻防が繰り広げられている。本人はそっちのけというのが、どうにも不毛だ。

「…君たちが警戒すべきなのは、おれじゃないと思うんだけどなァ」

苦笑しながら呟かれた一言に最初は意味がわからず首を傾げたが、副官殿は無視して言葉を続けた。

「ヒナちゃん、昔から監禁癖があるんだよね。気に入ったものはすぐに閉じ込めようとしちゃうんだ」

今は大分落ち着いたみたいだけど、と笑う副官殿の視線の先には、とうとう口論が面倒になったのか、ヒナの檻に捕らわれ芋虫のように手足が動かせなくなったなまえがいる。ジャンゴとフルボディには見慣れた光景だ。しつこく副官殿を勧めてヒナを怒らせ、よくあの罰を受けている。いや、怒っていない時もそうだった。戯れのようになまえを檻に引っ掛けて、いたずらっ子のようにクスクスと笑うヒナに、美しい可愛らしいおれもあなたに捕らえられたいとメロメロになったのは一度だけではない。何度も、何度も、記憶の中にある。そしてそれはいつも、他の誰でもない、なまえだけだった。

「…えっ」
「…えっ」
「ようやくヒナちゃんに春が来たのかァ……彼も随分と、デリカシーが無いようだけど」

辿り着いた事実に驚いて間抜けな声を上げる二人には、副官殿はトドメを刺した。「応援しようね。本当に彼女が好きなら、彼女が選んだ幸せを祈らないとね」。
そんなことが出来るなら、この世に嫉妬などという感情はないのだ。なまえも彼も、それを知らないらしい。まったくお優しい人間様である。


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