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「たくさんとれたねェ〜」
「たくさんとれましたねェ」

にこにこと上機嫌に微笑み合うボルサリーノとなまえが「たくさんとれた」と喜ぶのは、苺や栗などといった果物狩りによる収穫でもなければ、魚や動物を食料にしようと追い回していたわけでもない。
二人の足元には、死屍累々の海賊団。随分な大所帯のそれを、ほぼ二人だけで赤子の手を捻るよりも容易く壊滅させてしまった。

「数だけだったねェ〜…」
「賞金額のわりに、大したことはありませんでしたね」

事も無げに言っているが、ボルサリーノとなまえ以外の海兵はわりと死に物狂いで戦っていたのだ。数が多いのはもちろん、一人一人が手練れ揃いの海賊団だった。死を覚悟した海兵は少なくないだろうに、戦場が一瞬光に包まれたと思ったら戦況はあっという間に変わっていたのだ。ボルサリーノがハエに殺虫剤をかけるがごとくレーザービームで一掃する隙間を縫い、なまえが混乱に乗じてトドメを刺していく。逃げ場のない地獄のような光景に、逃げ惑うのは海賊だけではなかった。海兵も一緒になって必死に退却をして、どうにか軍艦に逃げ込んだあとはもはや夢でも見ているかのように一方的な殲滅戦だ。
「怪物だ」と畏怖を込めて呟かれた言葉はおそらくボルサリーノに向けてだろうが、あの雨のように降り注ぐ閃光の合間を縫ってサポートに回るなまえも充分に人並み外れている。ましてや彼は、あれだけ動いていたのに汗ひとつかいていないのだ。

今回捕らえた海賊団が停泊していたのは、グランドラインのとある夏島。ただでさえ湿気も多く不快なここは、さらに現在夏季を迎えている。じゅうじゅうと音がしそうなほど熱された軍艦に海兵は疲弊し、それが苦戦の一因ともなっているのだが、条件は海賊とて一緒だろう。暑さに体力を奪われ疲れきった顔で、それでも命をかけて戦う有象無象の中、ボルサリーノとなまえだけが普段と変わりなかった。
ロギア系の能力を保有しているボルサリーノはわかる。光の肉体に気温など関係ないのだろう。汗をかかないのも、暑いと文句を言わないのも理解が出来た。しかしなまえはロギア系でもなければ能力者でもない。普通の人間であれば汗をかいてもおかしくない猛暑の中、涼しい顔でにこにこ笑って、その上着用しているのは長袖のタートルネック。この島に近付く前、部下は忠告したのだ。あの島は暑いですよ、薄手のシャツをご用意しましょうか。それは善意と心配からくる進言だったのだが、なまえはいつもの穏やかな顔で首を振って大丈夫だと笑った。実際、大丈夫なようだ。彼の周辺だけ涼しい空気に包まれているのではないかと錯覚するくらい、なまえは平然とした顔をしている。

「オォ〜…しっかしねェ〜、君、暑くないのかァ〜い?」
「ええ、大丈夫ですよ?」
「見てる方が暑苦しいねェ〜」

お前が言うな、と周囲の海兵は突っ込んだ。ボルサリーノの方こそ、いつものスーツではこの気候にまるでそぐわない。しかしなまえに関してはよく言ってくれたと拍手をしてもいい。
いくら平然とした顔をしていても、部下は覚えている。あれと同じ表情のまま彼は膨大な仕事を抱え、誰も気付かない内に疲弊し、最終的には倒れてしまったのはまだ最近のことだ。だから今だって、上司の自分が弱音を吐いては示しがつかないと我慢している可能性だってある。
ボルサリーノ大将、そのまま無理矢理にでもなまえ中将の服ひっぺがして休憩させて下さい、と部下が祈っていることも二人は知らないだろうが、幸運なことにボルサリーノもなまえの厚着が気になるらしい。ぐいぐいと裾を引っ張って脱がせようとしている。

「暑くないですよ?」
「この間も『疲れてない』だとか言って、結局ぶっ倒れたのはどこのどいつだァ〜い?」
「ふふふ、耳が痛いです」
「気遣ってやってるんだからさァ〜、さっさと脱ぐといいよォ〜」
「追い剥ぎですか。…あ、ちょっと待ってください。わかりました、日陰で大人しくしておきますから、今はちょっと…、あ」

なまえの制止も虚しく、光の速さで剥いだボルサリーノによる犯行で服は一瞬のうちに胸元まで引っ張りあげられていた。「えっ」、と驚きの声を上げたのは、なまえではない。その様子を見ていた海兵全員が、うだるような暑さも忘れてなまえを、正確にはなまえの素肌を、凝視した。

「…………オォ〜…………」
「……ボルサリーノ大将の驚いた顔、久々に見ましたね」

露出したなまえの肌にあったのは、歯形と鬱血痕。それもひとつやふたつではない。全身くまなく、これは自分のものだと示すように隙間なく無数に付けられていたそれは、明らかに誰かの所有を示すマーキングの痕だ。服をめくり上げた胸元から腰元までがその状態なのだから、    では、タートルネックに隠れた首筋は?今は見えない腰から下は?
想像した瞬間に理解をした。なまえは暑くないから服を着こんでいたのではない。これを隠したかったから、暑くないふりをしていたのだ。

まさか、と自分の目を疑った目撃者は多いだろう。なまえは決して、好色な男ではないはずだ。年や立場に合わないほど純粋で、誠実で、好きになる女性だって、きっと淑やかで奥手な     決して、あんな風に恥じらいもなく情事の痕を残すような阿婆擦れではない、はずだ。

「うそだああああああ!!!」と叫んで倒れた海兵の悲鳴を聞き流しながら、ボルサリーノはめくり上げた服をそっと戻した。なまえは何事もなかったかのようにいつもの顔でにこにこと笑っている。

「…随分なモン隠しもってるねェ〜」
「ふふ、お恥ずかしい」
「自分の女くらい、噛み付かないように躾ておきなよォ」
「最近お付き合いを始めたんですが、思いの外独占欲が強かったようで」

会えない間に浮気をしないようにと、やられました。お付き合いしてなかった時は、まったくそんな素振りはなかったんですけどね。
自分の首筋辺りを擦りながら話すなまえはどことなく嬉しそうだ。いつも穏やかに微笑んでいるばかりで、滅多に強い感情を出さないなまえにしては珍しい。ボルサリーノからすれば随分と気性が荒く耐え性がない阿婆擦れにしか思えないが、なまえはだいぶ惚れ込んでいるようだった。ボルサリーノにとってなまえは昔から付き合いのあるかわいい後輩なので、幸せならば文句などなにもない。

「今度わっしにも紹介しなよ〜」
「…大将に紹介するほどのことではないですよ」
「なまえの好い人、どんな女か気になるんだよねェ〜」

今まで全然女っ気なかったくせに、いつの間に。ボルサリーノが肘で小突くと、なまえは照れ臭いのか顔を背けてしまった。

「…イイ人なんかじゃ、ないですよ」

ぽつりと呟いた一言はどこか含みがあるような気がしたが、覗き込んだなまえの顔は先程までと何も変わらなかったのでボルサリーノは気付けなかった。

なまえの好い人は、イイ人ではない。政府公認の、とってもワルイ人である。

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