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生まれ育った環境というのは、体質に深く関係している。暑い土地で生まれた人間は比較的寒さに弱く、寒い土地で生まれた人間は比較的暑さに弱い。
サウスブルーの出身が多いキッド海賊団でも、例に漏れず寒さを厭う者は多かった。夏島ではのぼせたようにテンションがあがり、冬島ではわかりやすく不機嫌になる。特にキッドやキラーと同じくサウスブルーの出身であるなまえは、キッドやキラーと比べても一際寒さに弱い男だった。
雪がしんしんと降り積もる冬島に着くと、黙り込んで身を縮め、親の仇でも見るような目付きで一面の銀世界を睨んでいる。そうしてろくに町を歩こうともせず、暖かいベッドの中にこもって、その島のログが溜まるまでやり過ごすのだ。
普段はおおらかで陽気な性格をしているだけに、その落差に驚いて怯えてしまう新入りは多い。しかし馴れた今では触らぬ神に祟りなしとばかりに放っておくのが常識だ。
いくら不機嫌といえど必要に迫られればきちんと働くし、冬島を抜ければおおらかで陽気ななまえに戻る。変にからかったりしなければ逆鱗に触れることもなく、不機嫌だからと言って周囲に当たり散らすこともない。それどころか毛布や温かい飲み物を用意してやれば礼を言うくらいの余裕はあるのだから、可愛いものだろう。

だから、冬島に着いて一番恐ろしいのはなまえではない。

    我らが船長、ユースタス・キッドである。


サウスブルー出身のキッドとてもちろん寒さに強いわけではないが、筋肉質の体躯のおかげか、負けず嫌いの性格のせいか、なまえほど分かりやすく寒さを厭うわけではない。
しかし冬島に着く度不機嫌になって、周囲に当たり散らし、時には一般市民を殺害するまでに至るのは、実をいえば気温の高い低いが原因ではない。異様な寒がりであるなまえが、全ての元凶なのだ。

分厚い衣類、体の芯から温まるスープ、暖炉の炎。どれもなまえが好むものだ。けれど一番好きなのは、人の体温である。素肌や服越しから与えられる柔らかな温もりを、なまえは何よりも好んだ。これが、一番の問題だ。

着いた冬島に、娼館があれば女を買って一晩中抱き締めながら眠り、なければないでクルーの誰かを取っ捕まえてベッドに押し込み抱き枕にする。
性的な意味を含まない、ただカイロ代わりにされるだけの行為でも、キッドは異様なまでに機嫌を悪くした。理由など口にしなくてもわかる。ただ単に嫉妬しているだけだ。なまえのことが、好きだから。笑ってしまうほど青臭い理由である。

しかし、女々しい男だと一蹴出来ないのはキッドという男の凶暴性が起因していた。なまえ本人にはっきり不満を言わないくせに、臍を曲げて、抱き枕にされたクルーに当たり散らし、なまえに一晩買われた娼婦を殺したことさえある。不機嫌になったキッドは、仲間ですら手をつけられないくらい凶暴だ。

    実をいうと、まだグランドラインに入ったばかりの頃、娼婦やクルーの役目は全てキッドが担っていた。がちがち歯を鳴らして震えながら、さむいさむいと呻き声を上げ、キッドを強引にベッドへ引きずり込んで一晩中拘束して寝ていたのだ。気色悪ィな、といいながらも本気で抵抗しなかったのは、結局のところキッドだって嫌ではなかったからだ。
それが、ある日を境になまえはキッドをベッドに引きずり込まなくなった。代わりにキラーやヒート、ワイヤーを捕まえたり、娼婦の柔肌に顔を埋めて眠る。
さむい、たのむ、そばにいて。
甘えた口調で自分を必要としてくるか弱い姿に、嫌悪を抱く人間は少ない。それどころか、庇護欲を煽られ、仕方ないなと優しく受け入れる人間がほとんどである。

だから、なまえはキッドでなくたって構わななかったのだ。キッドの代わりはたくさんいて、キッドはそれを認めようとはしなかった。ぎゅうぎゅうと抱き締められるのが嬉しくて、でも照れ臭くて、素直になれなくて    だからある日、少し強めの口調で言ってしまった。
男と寝るなんざ気色悪くて吐き気がする、お前がクルーじゃなきゃぶっ殺してるところだ、寒いくらいでガタガタ震えて、情けねェと思わねェのか。
    改めていうが、寒い時のなまえはとても不機嫌である。キッドのそれが照れ隠しだと察して受け流せないくらいに思考能力は低下していたので、散々な言われようにブチンと切れた。
殴る蹴る、罵り合う、部屋の壁に穴を開ける程の大喧嘩の末、なまえはキッドを頼らなくなった。そしてキッドは、自分が悪いくせに謝らなかった。だからそのまま、もういらないとゴミ箱にポイされてしまったのだ。なにせ、なまえが求めていたのは恋人ではない。単なるカイロだ。生きている人間の分だけ代わりはたくさんいたのだから、嫌がる素振りを見せるキッドにこだわる必要などどこにもなかった。

なまえとキッドは、別に仲が悪いわけではない。むしろ普段はとても良好な関係だ。
我が儘で凶暴でやりたい放題のキッドを、キラーのように諫めるでも叱るでもなく「ははは」と笑って眺めて甘やかしている。キッドだってそんななまえに甘えて、やれ暇潰しに付き合えだの買い物についてこいだの眠れないから何か話をしろだの、好きな時に好きなように呼び出しては様々な理由をつけて側に置いている。それでもなまえは「ははは」と笑ってキッドの我が儘を許すので、二人はとても良好で穏やかな関係だ。

しかし、冬島についた時。体の芯まで冷えてしまう季節。人の活動意欲を奪い、思考能力を低下させる寒さをなまえに与えてしまうと、二人は一気に犬猿の仲にも近い関係になる。
怒っているのはキッドだ。周囲に危害を及ぼすのもキッド。けれどなまえとて、この時ばかりはキッドに決して近付かない。誰にだって弱点はあって、そこをつつかれるのを嫌がるのは当然だ。キッドはなまえの弱点をつついてしまったので、なまえはキッドから弱点を見えないようにしてしまった。クルーと寝るのも、娼婦を買うのも、キッドからは見えないところで行う。けれどもなまえが冬島でキッドの前から姿を消すとき、どんな状態になっているのかは既に知っているのだから意味はない。隠すならもう少し完璧に隠してくれ、と冬島に着く度キラーが胃を痛めるのも慣例になってきた、何度目かの冬島への上陸でのことだ。我慢出来なくなったのは、キッドども、なまえでもない。

甲板に突き刺さった大きな鉄柱に、とうとうキラーがブチンと切れた。

    いい加減にしろ!!」

腹の底から振り絞って張り上げた怒声に、犯人であるところのキッドが目を丸くしているうち、キラーは先日海軍との一戦で手に入った海楼石の枷をキッドの手首にはめて自由を奪った。何かに使えるだろうと思って拝借していたものが、まさか仲間を拘束するために利用するとは思わなかったが。
ぎゃんぎゃんと喚くだけしか出来なくなったキッドを担ぎ上げ、キラーが向かうのはなまえの寝室だ。町に出ることすら億劫がったなまえは、島についたばかりの今日はとりあえず船内で大人しくしている。娼館に行っていないのは幸いだった。キラーはこの暴れん坊をそこまで運ばなくてはならないどころか、場合によってはその娼館ごと潰す必要さえ出てくるからだ。もちろん、キッド海賊団の悪名高い名誉のために。こんな痴情のもつれなど、身内だけで十分である。

キラーは勢いのままなまえの部屋のドアを叩き開け、こんもりと山になっている毛布の中からきょとんとした顔をしているなまえの上に、キッドを放り投げた。「ぐえっ」と悲鳴が聞こえるが、キラーが知ったことではない。
そしてなまえが怯んでいる隙に今日の生け贄、もとい、なまえの抱き枕になっているクルーを引きずり出すと、可哀想に、ぶるぶると震えおののいていた。キッドの八つ当たりを恐れているのだろう。しかし不機嫌ななまえに逆らうのも怖くて、どうにも身動きが取れなかったのだ。こんなのを抱いていて温かいのかと思うほど真っ青になって震えていたクルーを見て、キラーの怒りはさらに燃え上がる。乱暴になまえの腹を蹴り飛ばし、空いたスペースにキッドを押し込んだ。

「それでも抱いてろ!」
「それって…キッド?」
「おいキラーてめェ!!」

自分の上に降ってきたものの正体をようやく認識したなまえと、怒り心頭のキッドの声を背中で受け止めながら、キラーは部屋を出るとすぐに待ち構えていたヒートともに、外側から木材でドアを打ち付けてしまう。力が抜けたキッドと、蓑虫状態で布団から出ようともしないなまえ。あの二人ではこの簡素なバリケードでも破られはしないだろう。せめて鉄柱により開いた大きな穴を塞ぐまでは、大人しくしていてもらいたい。
ついでに別の意味でもくっついてくれれば、キラーの胃の穴も塞がるのだが、さて、上手くいくだろうか。
噂に聞く縁結びの神様とやらが本当にいるのなら、そろそろ二人のために働いてもバチは当たらないはずだ。神を信じてもいないくせに、キラーはしみじみ祈るのだった。

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