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待ってるよ、となまえは言う。スモーカーは何度も断ったはずだ。好きだと告げられても、付き合ってほしいとねだられても、そんな気はないとはっきり断ってきた。恋だの愛だの、そんなものにうつつを抜かしている暇があれば、海賊の一人でも拿捕している方が余程有意義だ。男女の付き合いならばまだしも、なまえは男で、スモーカーも男。なんの生産性も無いではないか。
そう言うと、なまえはまるで傷付いた様子も悔しそうな様子もなく「そう」と頷いて、いつも同じ返事をする。

「じゃあ、スモーカーがおれを好きと言うまで待ってるよ」、と。

最初はなんとか諦めさせようと素っ気ない態度ばかり取っていたが、なまえは挫ける兆しもない。ならば勝手にやってろと、繰り返される告白を右から左へ聞き流していたら、いつの間にか彼の愛情が当たり前のことになってしまって、いつの間にか彼に対する警戒心がなくなってしまって、いつの間にか本部の敷地内では彼の姿を探すようになってしまって、いつの間にか    スモーカーは、なまえにぱくりと食べられてしまっていた。


「……いってェ」
「うん、ごめん」
「…笑ってんじゃねェよ」
「ふふ」
「………笑ってんじゃねェよ」

抑えきれない笑みを幸せそうに漏らすなまえとは反対に、スモーカーは溜め息を吐いた。散々擦られた尻の穴に違和感が拭えないのはもちろんだが、スモーカーにはもっと文句を言いたいことがある。初めてだというのに随分と無体を強いてくれた男は、何故だか今日に限って甘い言葉を何も言わなかった。酒を飲んで、少し酔って、そのままベッドに押し倒されて。抵抗しようと思えば出来たはずなのにスモーカーが大人しくなまえの唇を受け入れたのは、もういいか、と諦めてしまったからだ。なまえのしつこさには呆れてしまったから、今夜また好きだと告げられて、付き合ってほしいとねだられたら、頷いてやるつもりだった。仕事では公私の区別をつけろよと、釘を刺すのは忘れずに。

しかしなまえは今日に限って、何も言わなかった。スモーカーを好きだと表す言葉。自分のものにしたいという欲望。仕事場だけの付き合いでは足りないのだという懇願。あれだけしつこく繰り返していた愛情を、今日のなまえは態度でしか表さない。好きだとも言わない。セックスはちゃっかり済ませたくせに、その前には付き合ってほしいとも言われなかった。
受け入れてやってもいいという許可を出すタイミングをすっかり失ってしまったスモーカーは、静かに頭を撫でてくるなまえの腕の中で身じろぎをする。まるでスモーカーの方がおあずけを食らっているような気分だ。待っているのはいつもなまえのはずだというのに、今待たされているのは確実にスモーカーの方である。

「…おい」
「ん?」
「いつものは、どうした」
「いつもの?いつものって?」

とぼけているのか本気でわからないのか判断がつきにくい声色に、スモーカーは黙り込むしかなかった。告白してこい、好きだと言え、などとねだれるわけがない。スモーカーは散々、なまえの愛情を無下にしてきたのだ。
スモーカーの髪の毛を撫でて、行為の余韻を楽しんでいる様子のなまえは、もしかしたらもう諦めているか、満足してしまったか、あるいは言葉にする必要がなくなったと思っているのかもしれない。確かにスモーカーは、そう簡単に股を開くような淫売ではない。身持ちのかたい、誠実な男だ。そのスモーカーがここまですれば、多少なりとも気持ちは伝わっているのだろうから、言葉にしなくてもなまえとスモーカーの関係が一新されたことは確かである。

だがスモーカーは、きちんとケジメをつけておきたい。
言葉にして、釘を刺して、そうして、なまえがスモーカーのものであり、スモーカーがなまえのものになるという確約が必要だ。

なのになまえは何も言わない。待っていればいつものようにうるさいくらい言うだろうという予想は外れ、キスも前戯も後片付けも終わった今ですら、何も言わないのだ。

いらいらしてきて腕の中でもぞもぞと小さく暴れ始めたスモーカーに、なまえは呑気な声で「どうしたの」と聞く。どうしたもこうしたも、お前がどうした。聞きたいが、素直に聞くには複雑だ。「なんでもねェよ」となんでもないとは思えないような不機嫌な口調でしか伝えられない。

「そうか?なんでもない?」
「なんでもねェ」
「…そう、ふふ」
「笑ってんじゃねェよ」

幸せそうに笑うなまえに苛々しているスモーカーは、気付かなかった。なまえは幸せだから笑っているのではない。苛々しているスモーカーを見て、獲物が手中に落ちた喜びで笑っている。

なまえはただ、待っているだけだ。いつだって変わらない返事を繰り返した通り。スモーカーからの「好き」を引き出すために、なまえはただ、待っているだけだった。

スモーカーが痺れを切らして罠に掛かるまで、あと12分38秒。
なまえがスモーカーを待っていた時間に比べたら、たった一瞬の出来事だ。

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