200000 | ナノ


マルコの部屋にノックをしてから入ってすぐ、目の前に現れた殺人鬼のような顔にビビって「ウホッ」とゴリラのような声を上げてしまったおれは決して悪くないはずだ。さっきまでおれの隣で機嫌よく酒を飲んでいたはずのマルコが、30分足らずの間に何故こうも虫のいどころを悪くしているというのか。おれにはさっぱりわからない。

今日は命知らずの若造が挑んできた戦闘のおかげで、酒や金品が手に入って夜にはみんなで宴を開いた。どっちが早く船を落とすか、なんていう賭けをしていたサッチとエースのおかげでおれたち平隊員は全く出番がなかったわけだけれど、正直騒げれば理由はなんだっていいのだ。酔いが進んでいくうちに何故宴をしているのかすら忘れてしまったアホなクルーさえいる中、おれもマルコの隣で飯を食いながら少しずつ酒を飲んでいた。
おれはあまり酒に強くはないから、みんなのようにジョッキが空になるのは早くない。ゆえに甲板の上でだらしなく潰れてしまう酔っ払いの介抱はおれの役目になってしまっているが、それでもテーブルに戻れば隣にいるマルコは楽しそうに飲んでいるし、話も弾むし、お互い少しスキンシップも増えて、ちょっとムラッとしたりして    ここまではいつも通りだ。マルコが不機嫌になる要素はない。
その後だって、別に変わった様子もなかった。ナース達がオヤジに酒の飲みすぎを怒るのもいつも通り。オヤジが忠告を聞かないのもいつも通り。腹を立てたナースが「私達が全部飲み干してやりますから!」とぷんすかしながらオヤジにこれ以上飲ませまいと酒を消費し始めたのもいつも通りで、その中でも比較的まだ入って日が浅い新人ナースが潰れてしまったので助けに行って部屋まで運んできたのもいつも通りだ。
「なまえひゃんひゅいまへぇん〜」とへろっへろの声で謝ったナースを見て、ナース達の反乱も程々にさせないと、と心に決めて元のテーブルに戻ってきたら、既にマルコはおらず、サッチがニヤニヤとして「マルコは気分が悪ィって部屋に戻っちまったぜ」と教えてくれたのだ。
だからおれは急いでマルコの部屋に行って、     そして豹変したマルコの表情にゴリラのような悲鳴を上げたのだった。

「おい…入るのか入らねェのか、はっきりしろよい」
「あ、はい」

思わず敬語になってしまったおれは、中途半端に開いていたドアを閉めて、中に入った。ベッドに座っているマルコの隣に腰を下ろすが、内心ばくばくである。マルコ超こわい。おれがナースを介抱している間に一体何があったというのか。

「…サッチが何かしてきたのか?」
「あ゛ァ?」
「………違うのか」

明らかに『なに言ってんだテメェ』と言わんばかりにメンチを切られて、喉の奥がきゅっと絞まった。声が震えなかったのは奇跡だ。おれが一瞬目を離した隙に、本当に一体何が…。サッチに詳しく聞いておけばよかったと後悔してももう遅い。だって、そうだ、気分が悪いとしか言っていなかったじゃないか。

「…マルコ、気分が悪いのか?」
「………ああ、悪ィな」
「薬貰ってこようか」
「そんなんじゃねェよい」
「そうか?じゃァ、水は?」
「……もう、いいから、ここにいろい」

おれの顔を見て何か諦めたような表情をしたマルコは、少しだけ眉間の皺を緩めて頭をおれの肩に乗せた。その頭を撫でて、肩を引き寄せて、腰に手を回す。「横になるか」と出来る限り静かな声で問い掛けると、緩く首を振っておれの肩に額を擦り付けるように拒否をした。「寝たら、お前宴に戻っちまうだろい」。    マルコが可愛すぎて衝撃を受けた。殺人鬼になったり可愛くなったり、その移り変わりの心情が全く読めないが、気分を悪くしている相手に手を出してしまいそうなのでやめてほしい。

「…戻らない」
「うそつけ」
「戻るわけないだろ、悪酔いしてるお前残して酒飲んだって、美味いわけがない」
「……ふん」

すり、ともう一度おれの肩に額を擦り付けたマルコは、気のせいでなければいくらか顔色がよくなったようだ。ほのかに赤く色付いた目元を撫でて、つい我慢出来ずに唇を塞いでしまうおれも、実は結構酔っている。だから、あまり可愛いのはやめてほしいのだ。気が大きくなって、歯止めが効かなくなる。
ちゅ、ちゅう。どんどん深くまで吸い付いてしまうがっつきように呆れたのか、マルコが声を出して笑った。どうやら機嫌はすっかり回復したようなので、今夜はこのままいちゃいちゃして夜を明かすことに決めた。

    甲板で潰れてる酔っ払いの介抱?

知るか、今夜くらいは自分でどうにかしてくれよ。
マルコがこんなに可愛いんだから。

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