200000 | ナノ


最近仲間になったなまえという青年は、みんなの弟分として大層かわいがられている。素直な性格と一生懸命に雑用をこなす姿、いい意味で海賊らしくない気遣いがいい年したおじさん達には好評なのだろう。そして何より、この船に乗るまで生計を立てるのに使っていたという彼の技術が船員みんなを虜にしているのである。

「お頭ァ、痛くないですかァ?」
「あ゛ー…めっちゃいい…効く…」
「じゃ、もう少し強めにしますね。痛かったら言ってくださァい」
「おお゛…」

だらけきった呻き声を漏らしながら、ベッドの上でシャンクスが受けているのはマッサージだ。島のマッサージ師が海賊の船に乗り込むというまさかの転職を果たしたなまえは、今までに培った技術を生かして赤髪海賊団で文字通りの癒し系として立場を確立している。
戦う職業の海賊は、戦闘での疲労やダメージはもちろん、海の上での生活というストレスによって体はがちがちに強張っている。そんな屈強な男どもの中に放り込まれたなまえは当然毎日引っ張りだこだ。
やれ肩がこる、やれ腰が痛い、次はおれも頼むぜ、いやおれが先だ。
アイドルもかくやという人気っぷりに、なまえは面倒くさがるどころか嬉しそうに「待っててくださいね、喧嘩したら嫌ですよ」と満面の笑顔で釘を刺すものだから、いい年したおじさん達はめろめろになって良いお返事をするのである。

「はい、お頭、終わりましたよォ。起きてくださァい」
「……ぐおー…」
「お頭ァ?」
「……寝てるな」
「寝てますねェ。最後に軽くストレッチして仕上げしようと思ったんですけど」
「寝かせとけ。まだ予約があるんだろ?少しは休憩しろよ」

今は船長室のベッドでシャンクスにマッサージを施していたなまえは、航海の話をしようとマッサージが終わるのを待っていたベックマンと顔を合わせて困ったように笑った。
なまえは毎日、ろくな休憩も無く、仕事でも無いボランティアで皆の体に触っているのだ。岩のような硬さで凝り固まっている筋肉をほぐそうと思えばそれなりに力もいるだろうし、少し前までは一般人だったなまえが疲れないはずもない。きっとシャンクスの後にも予約が詰まっているのだろうと思えば、無理して倒れてしまわないようストップをかけるのも副船長の仕事だ。でも、と首を振ろうとするなまえを制し、「おれの部屋にいりゃ、引っ張り出されることもねェだろ」となまえの腕を引いて行くと、その途中に出会った船員達も「なんだよ次は副船長かよ」「あっずりィ次はおれだったのに!」と悔しそうに文句をつけたが諦めてくれた。
ぱたん、と閉めたドアの近くで、なまえは首を傾げている。

「…おれ、まだ大丈夫ですよォ?」
「そう言って隠れて自分の腕を揉んでんのは誰だ?」
「…自分で揉めるから、大丈夫ですもん」
「いいから休め、副船長命令だ」
「…じゃあ、副船長マッサージします」

唇を尖らせて拗ねたことを表しながら、駄々っ子のようになまえの手がベックマンの腕に伸びる。ぺたりと触れる温かい感触。節が太くて、掌は柔らかいなまえの手は、職人のように使い込まれていて触れられるだけでも気持ちいい。しかしその手を使わせては意味がないのだと、逆になまえの腕を掴んで離させた。

「くすぐってェからやめろって、いつも言ってんだろ」
「今のはくすぐったくなかったでしょ?」
「これからくすぐったくなんだろうが」
「なりませんよ。おれ、プロですよ?くすぐったくない触り方だって、知ってます」

わかってるくせに、となまえはベックマンの肩を押し、ベッドに座らせる。
確かにわかっている。なまえがこの船に乗るようになって早々、マッサージはくすぐってェだけだからおれはやらなくていい、と断ったベックマンに、それでもなまえは「試すだけでも」とマッサージをした。痛む場所を一定のリズムでぐいぐいと押したり弱めたりを繰り返す手付きではなくて、手足の末端から少しずつ、掌を筋肉に押し付けるようにしてじっくりと圧迫するようなやり方。確かにくすぐったくはなかった。むしろ全身の力が抜け気持ちよくてうとうとと眠気さえ催したベックマンに、どうだ、とばかりに誇らしげな顔でにっこり笑ったなまえの顔を、ベックマンは今でも覚えている。
だから、くすぐったがりのベックマンでもマッサージをしてもらえれば気持ちいいことはわかっている。それでも断る理由は、なまえの体を案じているから。それともうひとつ、なまえに触られると、困る理由があるのだ。

「副船長、ねェ、おれ結構みんなに休憩させてもらってるんですよ。頑張るとおやつ貰えるし、雑用も代わってもらったり」
「…いいから、こら、触るな」
「肩、すごい張ってます。ヤソップさんもですけど、銃使う人って肩凝りすごいですよね。反動を支えなくちゃいけないから、負担が大きいんですね」
「おい、なまえ」
「ね、座ったままでやるより、寝ちゃった方が楽ですよ」
「…言うこと聞かねェな、お前は」

ベックマンが諦める雰囲気を察したのか、えへ、となまえがあざといくらいにかわいらしく笑う。素直でいいこ、なんて言われているし、実際誤りはないのだが、ベックマンと二人きりになるとなまえは存外わがままだ。
休め、というのに休まないし、触るな、というのに触ってくる。それでも結局許してしまうのは、この青年がベックマンの恋人だからである。「ベックマンさん」と甘ったるく呼ぶ声にほだされてしまうくらいには、ベックマンとてなまえを好いていた。部屋に連れてきたのだって、たまには二人きりで過ごせたら、という下心がなかったわけではない。

「おれ、ベックマンさんに触りたい。くすぐったくしませんから、ね?」
「…マッサージだよな?」
「はい、マッサージですよ。ベックマンさんが物足りなくならなければ、マッサージだけですよ」

わざとらしく付け加えられた言葉は、もはやマッサージだけではないと言っているようなものだ。くすぐったくならない触り方を知っているなまえは、余計なことに官能を煽るやらしい触り方とて知っている。ベックマン以外には発揮されないその技術こそが、なまえにマッサージをされて困る理由の最後のひとつだった。

「くすぐったがりの人って、感覚が若いんですよォ」
「…こんなおっさん捕まえて、若いも何もあるか」
「そうかなァ、ベックマンさん、若いですよ?とっても」
「……ありがとよ」
「えへへ」

にっこり笑って、なまえの掌がベックマンの背中を押してうつ伏せに寝かせる。早速腰回りを這う指先にあられもない声をあげないよう、枕を噛むベックマンとは対称的に、なまえの声はとても楽しそうだった。

「いっぱいほぐしますから、気持ちよくなりましょうね、ベックマンさん」

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -