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「きゃー!!」

女のような、しかし女にしては野太い声の悲鳴が広い古城のどこからか聞こえてきて、ゾロは舌打ちをしながら駆け出した。「ぞろっ!ぞろー!たすけてェえええ!!」と情けなく響く声を頼りにしながらも、やがて悲鳴すら聞こえなくなってしまったので、場所がわからないゾロは無駄に沢山ある部屋をひとつひとつ開けて回るしかない。しかし声が聞こえなくなったということは確実に口を塞がれているのだから、いっそ見付からなくてもいいんだがなァとも思ってしまうのは仕方がないことだ。しかし我慢せねばなるまい。ゾロにとってこれは、チャンスでもあり、ピンチでもあるのだから。

「ここか!」

ばたん、と大きく音を立てて開いたドアの向こう、ゾロに助けを求めた被害者たるなまえは、加害者たるミホークに馬乗りされて口を塞がれている最中だった。口を塞いでいるのはミホークの唇と舌。    つまりは濃厚なキスシーンに遭遇してしまい、ゾロは些かやる気が萎えた。

「ん、ぐっ…!ぷはっ!ゾロッ!ぞろー!!助けてー!!」
「…飽きもせず、邪魔をするかロロノア…」
「おれだって邪魔したくてしてるわけじゃねェよ!」

なまえの上からゆらりと立ち上がったミホークは、傍らに立て掛けてあった愛刀を手に取ると殺気交じりに切っ先をゾロに向けた。
お怒りは確かに、尤もだろう。ゾロは全く興味がないが、今まさにミホークがなまえを襲っていたのは何も喧嘩や稽古のためではない。合わさった唇が示す通り、情事を果たそうとしていたのだ。そこになまえの意志は関係なく、ミホークが無理矢理、一方的に行為を始める様子を見るのは一度や二度ではない。ミホークを師としてこの古城に住むようなってから、もう幾度となく目撃してきた。
本来ならば巻き込まれたくもない攻防に何故ゾロがわざわざ首を突っ込むのかと言えば、目的は二つ。ひとつは邪魔者を排除せんと滅多に見られない本気のミホークと戦えること。もうひとつは、助けに入らないとこの城の食料管理を行なっているなまえから酒がもらえなくなってしまうことだ。強くなりたいし酒も飲みたいゾロには、結局こうして逐一律儀に邪魔をするしかないのである。

    とはいえ、結局最後は、ゾロが打ち負かされてなまえはミホークに連れ去られてしまうのだけれど。


「ゾロ早く強くなって…」
「うっせェな」
「ケダモノのようなミホークさんからおれを救って…」
「人頼みはやめろっていつも言ってんだろうが。お前それでも男か」
「だってミホークさん怖い…」
「…お前突っ込む方だよな?」
「そのうちちんこもぎ取られそう」
「……ああ…」

二時間ほどして、倒れ伏すついでに寝ていたゾロの元に戻ってきたなまえは、首筋に大量のキスマークや噛み痕をつけてぐずぐずと泣いていた。なんて情けない男だと深い溜め息が出る。どうしてミホークがこの男に執着するのか、ゾロには理解出来なかった。

ミホークの下で共に修行をするなまえとゾロは、形式上兄弟弟子という間柄になる。しかし世界一の剣豪を目指して自らミホークに弟子入りしたゾロとは違い、兄弟子であるなまえはそもそも剣士ですらなかったようだ。「おれ実は体技の方が得意」と言ってゾロとの勝負中に剣を捨て、あっという間に懐に飛び込んできて腕の関節を極めた素早さと力強さは確かに丸腰の方が得意なのだろうと思い知らされた。一度捕まえられてしまえば逃げ出せないほどきつく締め上げられた痛みはなまえの強さを証明していたが、ならば何故剣の道に進んだのかと言えば、いつの間にかミホークに引きずり込まれていたのだという。ここら辺から面倒臭くなってまともに話を聞いていなかったのだが、要するにミホークがなまえの何かを気に入ってしまい、一緒に居たいがために無理矢理弟子にしてしまったのだそうだ。正直ゾロにとっては、とってもどうでもいい顛末である。

「…お前も自分でどうにかしろよ。お互い丸腰ならそれなりに勝負出来んだろ」

剣の腕はさておき、ゾロに披露したあの格闘技術なら、剣を持っていないミホークを返り討ちにするくらい造作もないはずだ。ゾロとて本気のミホークと戦えるのは願ってもないことだが、それが痴情の縺れから来るとなると微妙な気分にもなる。しかしなまえはゾロの真っ当な主張に、弱々しく首を振った。

「…それは無理だ」
「なんでだよ」
「好きな人に暴力振るうなんて、おれには出来ない」

真摯な顔でそうはっきりと宣言したなまえに、ゾロは思いっきり拳を叩き込んだ。突然の暴力を責められるいわれはない。今のは絶対、なまえが悪い。

「いたい!」
「黙れ!結局好きなんじゃねェかよ!」
「なんで怒るんだよ!好きに決まってるだろ!嫌いならとっくにこの城から逃げ出してる!」
「なら据え膳は食っとけよこのヘタレが!」
「武士は食わねど高楊枝でしょうが!」
「食わしてもらってるうちに食っとかねェと食われても知らねェぞ!」
「怖いこというなよ!」

結局はなまえの照れと気遣いが邪魔になっているだけのようなのだから、そんなクソみたいなものはさっさと捨てるべきだ。
愛だの恋だの、犬も食わない。ゾロは殺伐と修行がしたかった。

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