200000 | ナノ


顔はいいのよね、というのがなまえに対する給仕達の共通した評価だ。確かにそれは同性のカクでも思う。なまえは顔がいい。均整のとれた逞しい肉体と合わせると、まるで精巧に作られた人形にも見える。人目を惹く姿は、殺し屋として扱われるのが勿体無いほどだ。モデルや俳優にでもなった方が稼げたんじゃないか、とは、体に血の匂いが染み付いた今でも言われている。
しかし給仕達がなまえの見目を褒めたあと必ず「だけど」と付け加えるように、一際精彩を放つ外見はその中身によってぶち壊しにされていた。


「ルッチ、セックスしよう」

開口一番挨拶のような軽々しさで下品を露にしたなまえを、ルッチは一瞥もせずに通り抜けた。聞き分けのない子供を見るように苦笑いしたなまえの顔はやはり絵になるほど整っているが、発言は単なるセクハラだ。しかもこれが日常だというのだから筋金入りの変態である。

なまえは一途なゲイだ。
CP9に加入した際、ルッチに惚れてからはずっと余所見することなくルッチに愛を捧げている。「ルッチ、セックスしよう」に始まり、「ルッチ、今日のパンツ何色?」や「ルッチの匂い嗅ぐと勃起する」、「ルッチを全身舐め回したい」などなど。聞くだに不愉快な言葉の数々を並べ立てては周囲からドン引きされていた。しかもなまえはルッチを気を引くためにからかったり馬鹿にしようとそんな言葉を投げ掛けているわけではない。本心からの欲をルッチにぶつけて、口説いているつもりなのだ。どうしようもないアホである。

顔はいいのよね、だけどあんなに変態じゃあ、願い下げよねェ。
そう囁かれるのも無理はない。カクとて給仕達の井戸端会議を小耳に挟んだ際、フォローのしようがないと納得をした。
だが、眺めている分には楽しめるのだ。滅多に感情を動かさないルッチの顔がなまえの言動によって腹立たしそうに歪むのを、カクはいつだって観察して笑っていた。

「おーいなまえ、またフラれたんかァ」
「ああカク、そう言ってくれるな。おれはいつかこの気持ちが届いてルッチとベッドイン出来ることを信じているよ」
「ワハハ、まァフラれるだけフラれたらええわい。またわしが慰めてやろう」
「ありがとう、おれの理解者はカクだけだ」

ルッチが関わらなければ好青年でいられるなまえは、整った顔で微笑んでカクを「優しいなァ」と褒め称えた。優しいものか。遊んでいるだけだ。

「…おいカク、何をもたもたしている。任務があるのを忘れたのか」
「ああルッチ!久し振りに聞いた声も素敵だ!喘がせたい!」
「おいルッチ話し掛けてくれるな、なまえは今わしと喋ってるんじゃぞ」

先程なまえをスルーしたくせに、わざわざ戻ってきたルッチがカクへと話し掛けてくる。もちろんカクは任務があることを忘れてはいないし、ましてや出立までの時間がぎりぎりなわけでもない。
そもそもルッチはなまえのしつこく下品な求愛を無視するために、彼の前では必要なこと以外一切喋らないのだ。だからなまえも今ではルッチの声を聞くだけで感動して、目の前にいるカクなどどうだってよくなってしまう。だけどカクはそんなことこそどうだっていい。ルッチの心中を考えると、にやける顔を抑えるのが難しいくらいだ。

「ルッチ、任務が終わったばかりで興奮が治まらないだろう?おれの部屋へ来ないか。ローションもコンドームも用意してある」
「………」
「優しくするよ。傷付けたりしない。今日は初めてだから、おれは挿れずに我慢したっていい」
「………」
「ああ、黙り込んで引き結ばれてる唇も色っぽいなァ。舐め回したい!」
「………」
「なまえ、そろそろええじゃろ。任務の前に飯食っていくから付き合うてくれんか」
「ああ、いいとも!ルッチも行かないか?」
「………」

黙り込んだまま、つんとそっぽを向いて今度こそ離れていったルッチを困ったような笑顔で見送って、なまえはカクを促し食堂へ向かおうとルッチの背中に背中を向けた。カクもその後を追う。しかし途端にビシビシと突き刺さる視線に、カクはいよいよ笑いが抑えられない。誰も見ていないのをいいことに、にやにやと顔が緩む。

視線の主はルッチだ。あれだけ無視をしていたくせに、背中を向ければ目で追い掛けてくる。この変態を素直に受け入れられないのはわかるが、もう少しやりようもあるだろうに。
だがなまえもなまえだ。散々「セックスしよう」と口説くくせに一切実行には移そうとしないのだから、一番なまえを残念に思っているのはルッチなのでないだろうか。
先を歩くなまえに追い付き、肩を組んで早く行こうと促す。するとさらにきりきり鋭くなる目を背中に感じて、カクはほくそ笑むのだった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -