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※netaのこれの付き合う前



サカズキはなまえの笑った顔を見ることが多い。腹の底からゲラゲラと大声を上げる、下品な笑顔だ。
若い頃はそれが嫌いで嫌いで仕方がなかった。彼も自分のことを嫌っているのだろうと思っていた。いや、彼がサカズキを嫌っているからこそ、サカズキも彼を嫌ったのだ。なにせ彼から受ける嫌がらせの数々は、冗談で済まされるようなものではない。悪戯、挑発、トラップは当たり前。にやにやと下品な笑顔で突っ掛かってきては、げらげらと笑いながら去っていく。これを冗談で済ませる人間は鷹揚なのではない。ただの馬鹿だ。悪意しか感じられない彼の言動に、サカズキは怒りでもって返した。怒りに任せて殺すつもりで反撃をした。それこそが彼の狙いであるとも知らずにいたので、思えば彼の掌の上で転がされていたのだろう。それもまた腹の立つ事実だ。

実際のところ、なまえはサカズキを嫌っているわけではない。むしろ好意的に見ているようだった。サカズキがそれを知ったのは、見習い期間を早々に終えて実戦へ出るようになってからだ。
屈強な海賊、飛び交う銃弾、振りかざされる白刃。命を奪うそれらを目の前にして、なまえは怯むことなく向かっていくどころか、部隊長の号令すら無視していの一番に駆け出していった。それだけではない。むしろ他の海兵達が出遅れてしまったのは、彼の言動に理由がある。
なまえは笑っていたのだ。緊迫した戦場にそぐわない、心から楽しむような顔と大声で、げらげらと笑っていた。「あいつ、おかしい」と呟いたのは誰だったろうか。しかしそれは、誰もが思った所感である。

なまえは頭がおかしい。ネジの一本や二本外れているというだけでは言い訳にもならないほど、感性が人並み外れて狂っている。
スリルが好きだとなまえは言う。死にそうになる瞬間や、追い詰められる瞬間こそ、これ以上ないほど興奮すると言う。
「だからおれ、サカちゃんのこと大好き。怒りっぽくて容赦がなくて、一番確実におれのこと殺そうとしてくれるでしょ」。それが世を悲観した自殺志願者の言葉ならどんなに良かったか。なまえはサカズキを利用して死にたがっているのではない。単にサカズキを玩具にして遊んでいるだけなのだ。それを知った日もサカズキは怒髪天を衝き、なまえの息の根を止めようとしたのだが、やはりそれは彼を喜ばせるだけの結果となった。当時から怪物と名高いサカズキに殺意を抱かせてなお生きていられるなまえも、ある意味では怪物と名高い存在である。

    しかし人間とは、慣れる生き物だ。
敵とも味方ともつかない関係性を経て10年も共に過ごせば、マンネリも起きよう。サカズキは相変わらず苛烈な性格ではあったが、なまえの嫌がらせにはあまり怒りを見せなくなった。
悪戯、挑発、トラップはさらりと躱し、時折仕掛けられる性的な嫌がらせでさえやりたいようにやらせて一切反応をしない。おかげで事情を知らない人間からは人目も憚らずにじゃれあう恋仲の二人であると噂されることも少なくはないのだが、元より他人の評判など気にしない怪物二人である。訂正も否定もすることがないまま、ただサカズキに構われずに放置されるなまえだけが不満を抱くようになった。
「サカちゃん、なんで怒んないの?」。馬鹿げた問い掛けは数え切れないくらい繰り返した。それすらも無視をして、さらに絡まれて、鬱陶しさに限界がきたら少しだけ相手をしてやって。
サカズキはいつだって殺すつもりでなまえの相手をしたが、どこか加減が入っていたのはなまえも理解していたようだ。サカズキに構われなくなってしまった代わりに、なまえはひたすら前線に出続けた。焦燥と恐怖によるスリルを何よりも愛した彼の性癖では、一時の安穏さえ耐えきれなかったのだろう。もはや病気だ。死ななければ治らない病気である。

なまえは滅多にサカズキと会うことがなくなった。本部勤めのくせに本部に姿を現さなくなって三ヶ月、ようやく戻ってきたなまえは、酷く変わり果てた姿で医療棟の一室に運び込まれたのだ。
頭部には裂傷、肩は砲撃による負傷、胸や腹にはいくつかの銃創、手足にもおびただしい刺し傷。単身突っ込んだ敵地で、大きな海賊団とやりあって潰してきたらしい。部下がいるくせに使わない。作戦を立てる頭があるくせに無謀を好む。その結果がこの満身創痍だ。はなはだ馬鹿げている。
サカズキが久々に見たなまえの体には、医療用のコードやチューブがいくつも繋がって酷く痛々しく見えた。いつもげらげらと笑って軽やかに走り去る彼には、不釣り合いな光景だ。

「…何をしちょるんじゃァ、お前は」

思わず溢した叱責の声に、眠っているかに見えたなまえの瞼がうっすらと開いた。にや、と目元だけで笑う。「サカちゃんのせいだ」。構ってくれないから、と軽い調子で責める声は、全身の傷と比べれば余程元気そうだ。むっつりと黙りこんだサカズキに、なまえはベッドの中からずるずると手を差し出す。指の一本一本を丁寧に包帯で巻かれた手が、所在なさげにぶら下がっているサカズキの人差し指と中指を握った。「サカちゃん」。ふざけた渾名も、サカズキにやたらと触れたがる掌も変わらない。ただ無数に刻まれた見知らぬ傷跡だけが、サカズキを不機嫌にさせていた。

なまえの肌には、サカズキとの長年の攻防により全身に火傷の痕が広がっている。海賊との交戦で傷を負ってもその後すぐにサカズキのマグマが皮膚を焼き熔かして、些細な傷跡など何もなかったかのように埋めてしまうのだ。
だが今は火傷すら気にならないような傷が、いくつも深くその体に刻まれていた。「サカちゃん」。無言のまま不機嫌になっていくサカズキの名前を呼んで、なまえは笑う。握った指先をゆらゆらと揺らして、傷など気にしていないかのようだ。当たり前といえば当たり前である。なまえはいつだって恐怖や焦燥を追い求めるために危険へ身を投じてきた。死にかけることなど日常なのだ。ただ、今まではそれが、サカズキの暴力による危険が大半であっただけの話で。

「サカちゃん、なァ、こんな時まで無視はひでェよ」
「…馬鹿が」
「だってさァ、サカちゃん構ってくれねェからさ。サカちゃんくらいのスリル味わおうと思ったら、ある程度の海賊団相手にしなきゃつまんねーしよ」

なまえは悪びれない。医療班にも迷惑をかけて、センゴクやつるにも心配をかけて。クザンやボルサリーノは昔からの付き合いなだけに、やれやれまたかと呆れていたが、なんだかんだと心配でもあったらしい。ちゃっかりと先に見舞いを済ませてから、ボルサリーノはサカズキをけしかけた。
見舞いにいきなよ、死にかけてるよ。今会っとかなきゃ、もう二度と会えないかもね。
何を馬鹿なことを。いざ見舞いに来てみれば、命に別状のないなまえはこんなにも元気だ。へらへらと笑って、サカズキに構え構えとねだっている。
なまえは馬鹿だ。頭がおかしい。同期というだけで目をつけられて以来、ずっと付きまとわれている。いっそ死んでしまったらいいといつも思っていたが、現実として死にかけたなまえの面を見ても良い感情は湧かないのだ。「馬鹿が」。もう一度言葉少なに罵ったサカズキに、「ひひひ」となまえは笑う。何が嬉しいのかサカズキには到底理解も出来ない。
ボルサリーノは、サカズキが甘やかすから調子に乗るのだと常々忠告していた。サカズキは甘やかした覚えなど一切ない。しかし殺すつもりで相手をしてしまったのが甘やかしだというのなら、確かにサカズキはなまえを甘やかしてしまった。自分で撒いた種だ。だから出た芽を摘む責任があるのだろう。迷惑だ。しかしなまえは悪びれない。だからサカズキとて、腹を決める必要があった。

「…なまえ」
「うん?」
「お前は、わしが殺しちゃるけん、わしにだけ構っちょればええ」

掴まれた指に少しだけ力を入れて握ると、なまえは目を丸くして驚いた後、ゆるく笑った。「あは」、と溢れた笑みは嬉しそうで、それもおかしいとは思ったが、悪い印象は受けない。母親に構われて喜ぶ幼子のような笑みだったからだろう。

    しかし、穏やかな空気が流れたのは一瞬のこと。なまえはいつものようににやにやした笑いに顔を変えると、サカズキを嘲るように言ったのだ。

「なにそれサカちゃん、独占欲?本気で言ってんの?気色悪いからやめてくんない?」
「………っこの、外道がァ!!!」
「んはははははは!!」

そして今日も、サカズキの大噴火と、なまえの下品な笑い声は止まないのであった。


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