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Q.ロー長編の主人公さんがハートの海賊団に入るまでの経緯が知りたいです。

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ひどい隈だ、とローは思った。自分のことは棚に上げて、不健康そうな男だ、とも。

ハートの海賊団が上陸したのは、ひどく陰鬱な空気を孕んだ島だった。人々は何かから隠れるように裏道ばかりを通り、そこかしこの壁や道には血の匂いがこびりついている。理由は明快だ。海賊に支配されているという、単純な要因ひとつである。
物資は没収され、男は奴隷に、女は慰みものに。暴力で心を縛られた島民を見れば、大した収穫も補給も出来ないだろうことはすぐにわかった。ならばどうするか。簡単なことだ。その海賊から奪えばいい。

ハートの海賊団の襲撃には躊躇いがなかった。ローを筆頭にして、勝手知ったるとばかりにその海賊の根城へとずかずか踏み込んでいく。通りすがるついでのようにわらわらと湧いてきた海賊を切り刻んで、駆逐し、制圧した。大した相手ではない。ローひとりでもどうにか出来そうな、三下の海賊だ。
しかし一般人には脅威になりえる人数と狂暴性である。ロー達とて彼らと同じ海賊だというのに、根城へ囲われていた捕らわれの奴隷達は、まるでロー達をヒーローのように讃えて逃げていった。
耳障りなほどの悲鳴と歓声、建物が破壊されていく音。その中で進んでいった最奥、宝物庫。重厚な扉を乱暴に開くと、そこにいたのは随分と不健康そうな男ひとりだった。目の下はくすみ、頬はやつれ、少しばかり俯いた顔には生気がない。けれどローの出現によって視線を動かした目の奥だけがまるで飢えた獣のようにぎらぎらとしていて、強いていうならばそこは気に入った。

「お前が頭…ってわけじゃあなさそうだな」

男の足元には、恰幅のいい大男が血塗れで転がっている。既に息絶えているようだが、その顔には見覚えがあった。自己顕示のように町中へ貼り出されていた、賞金首そのものだ。おそらくはその男がこの海賊団の頭なのだろう。それを目の前の男が殺した。決して大きくはないナイフが心臓に一突き。しかし男もまた傷を負っているようで、腹から大量の血が流れている。

「……君たちも、海賊?」

掠れた声。凄惨な現場に似合わず、優しい声だった。ローは抜いていた刀を鞘に収めて、彼の傷口を診ながら問いに答える。

「…だったらどうした」
「この町を、支配したいの?」
「補給に寄っただけだ。こんな気の抜けた町に興味はない」
「そうか、それは良かったけど、なんだか悔しいな。本当はもっと明るくて、活気があって、賑やかな島だったんだけど」

おれも三年前から住んでるだけの余所者だけど、こうなってしまったのは悲しいよ。
馴れ馴れしい口調がどこか白々しい。ローは自分の口角が上がるのを自覚しながら、彼の目から目を離さなかった。

「…お前は?」
「ただの内科医。船医が死んだとかで、町から拐われたんだ」
「そうか、それは災難だったな」
「本当に。でもそれも、今日でおしまいだ」

にや、と笑った顔は、背筋が冷たくなるほど歪んでいる。見たところただの男だ。そう強そうには見えない。実際強くもないのだろう。けれどローは知っている。追い詰められた人間が、自身の命と引き換えにどれだけ恐ろしいことをしでかすか。驕った強者を虎視眈々と狙っていた弱者に足元を掬われるのを見るのが、ローは大好きだった。

「怪我をしてるな」
「……ああ、不意をついたつもりだったんだけど、やっぱり相手は海賊だね。とどめをさすまえにやられてしまった」
「死ぬだろうな、その傷じゃあ」
「…だろうね」

困ったように眉を下げて、男はとうとう倒れこんだ。ローはその顔を覗き込む。ひどい顔だ。激痛と出血多量よるものだけではない。おそらくはずっと、酷い扱いを受けていたのだろう。相手を自らの手で刺し殺したくなるくらい。

「そんなにそいつが憎かったのか?大人しく待っておけば、おれが切り刻んでやったのに」
「…逃げようとしたんだ。宝を持って、一人で。部下を犠牲にして」
「下手な正義感は身を滅ぼすぜ」
「腹がたったんだよ、単にね」

どんどん声が小さくなっていく。放っておけば死ぬのだろう。しかし男は素知らぬ顔で、部屋に積まれている宝を見た。「お礼をしたいんだけど、あれは町の人達の財産も入っているから」。そしてローを見る。「全部は持っていかないでほしい」。最期まで他人を気にする馬鹿馬鹿しさに、ローは笑った。目の奥だけは殺人鬼のような狂気を孕んでいるというのに。惜しい男だ。

「…そうだな、宝はいらねェ。置いてってやる」
「…ああ、ありがとう」
「お前も助けてやるよ。おれは外科医だ」
「……ああ、それは、ありがたい…」
「その代わり、お前を寄越せ」
「…は?」
「気に入った。おれのものになれ」
「………は?」

きょとんとすると、目の奥の狂気がなくなった。悪くない。ローが声を出して笑うのと同時、男は気絶してしまった。


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