200000 | ナノ


ベビー5はなまえが嫌いだ。口も悪いし性格も悪い。最低な男である。

「なんだベビー5、また男に騙されたのか。ああ、泣くなよ!お前にこの花をやろう。ザクロの花。見たことあるか?綺麗だろう?」

普段は実ばかり目にするザクロの花は、確かに彼が言う通り美しい。朱と白のコントラストに、シフォン生地のような柔らかい花びら。鋭いトゲで怪我をしないよう目の前で抜いてから手渡された美しい花に、喜んではいけない。彼からもらう花には必ず意味があるのだ。それも、かなり根性の悪い意味が。

「ザクロの花言葉は『愚かしさ』。    お前にぴったりだろう?馬鹿女!!」

げらげらと弾けたように笑うなまえを、泣き腫らした目で睨んでベビー5は思うのだ。

    こいつ、殺してやる。



なまえは花売りの男だ。普段は自転車の前カゴにいっぱい花を積んで、ドレスローザ中を回っている。「綺麗なお嬢さん、あなたに似合うお花はいかがかな?」と口説き落として女に花を売り付け、「愛しのあの子にたまには花をあげてごらん、今夜は盛り上がりこと間違いなしさ」と唆して男に花を買わせている。随分と愛らしい職業ではあるが、実のところ花売りは単なる副業で、本業はドフラミンゴ海賊団の殺し屋だ。過激な武器での破壊や殺害を得意とするベビー5とは違い、花の毒を使っての静かな暗殺を得意としている。
ベビー5が初めてなまえに会った時は、彼が殺し屋だと知らなかった。よくドフラミンゴの周りをうろつく単なる花売りだと思っていた。しかし正体を知った時は納得したものだ。こんな性格の悪い男が、花売りだなんて平和な職業で満足しているはずはないのだと。

「ベビー5、どうしたんだそんなに怒って!おれはお前がまた愛しの男を若に殺されたと聞いたから、慰めてやろうと遥々やってきたのに!!」
「うるさいわね!あんたはどうせ私を馬鹿にして泣かせたいだけなのよ!」
「かわいいお前を泣かせたいだなんて!ほら見てみろよ、ちゃんと他の花だって用意してきてる!!」

紫のオダマキ、フォックスフェイス、藤の花、鬼灯、スカビオサ。花をつけない植物まで混ぜた花束がベビー5の目の前に差し出される。色もバランスも、季節感もバラバラだ。花売りのくせにアレンジメントも出来ないなんて、と非難するのも馬鹿馬鹿しい。何故ならなまえは、ベビー5に花束を渡したいのではない。花の宿る言霊に乗せて、ベビー5を嘲りたいだけなのだ。

「ちなみに花言葉は『捨てられた恋人』、『偽りの言葉』、『恋に酔う』『欺瞞』、『未亡人』    
「殺してやるっ!!」
「あっはっは!」

重火器や刃物で屋敷が壊されていく中、なまえは風の中の花びらのようにひらりひらりとベビー5の攻撃をかわしていく。いつもこうだ。彼はベビー5を散々馬鹿にするくせ、暴力だけは振るわない。だからいつも、ベビー5が疲れてしまうか、誰かが止めに入るまで無意味な攻防は続くのだった。

「フッフッフ!おいやめねェかなまえ!ベビー5!」
「おや若!ご機嫌麗しゅう!」
「若!なまえを捕まえて!今日こそ殺してやるのよ!」

今回止めに入ったのはドフラミンゴだった。己らがボスの登場に、しかしなまえはにこやかに挨拶を、ベビー5は怒りをヒートアップさせるだけである。仕方無しにドフラミンゴは能力でベビー5の動きを封じると、なまえはにこやかな顔で彼女の側に近寄ってたっぷりとした黒髪に花を挿した。

「このヤグルマギクは『独身生活』、ユキノシタは『無駄』、エンドウの花は『永遠の悲しみ』。ああそれから、これなんかとびきりお前にぴったりじゃないか?カルセオラリア、花言葉は『私の財産を捧げます』!」
「うううううっ!若!離して!!」
「フッフッフ…おいなまえ、そのへんにしとけ」
「はァい」

ベビー5の頭をお花畑にして、ようやくドフラミンゴの一声がなまえの手を止めさせる。馬鹿にするだけ馬鹿にして、あとは興味がないとばかりに素知らぬ顔でベビー5の泣き顔を眺めるなまえは根っからの最低な男だ。殺してやる、と喚くベビー5は、しかしいつの間にかドフラミンゴを味方としていることに気付かない。先程までベビー5が殺意をみなぎらせていたのは他でもないドフラミンゴ、『愛しの男』を殺した彼だというのに。

「まったく、毎回よくやるぜ。こんだけ集めるのも手間暇かかるだろう」
「カワイイ妹分のためならば、春夏秋冬、どの島へも行くさ」
「何がカワイイ妹分だ!」
「まァ怒るなベビー5…男に花を捧げられるってんだ、悪い気分じゃねェだろう?」

花に悪意がないのなら、それは勿論悪い気分ではない。けれどなまえは悪意の塊だ。喜べようはずもない。不機嫌に唸るベビー5にはもはや興味もないとばかりに、なまえは視線をドフラミンゴへと移した。差し出したのは真っ赤なカーネーション。差し出す先は、ドフラミンゴだ。

「勿論ベビー5だけじゃあないさ。我らが親愛なる若様にも、おれは花を捧げよう」
「へェ?」

大振りのカーネーションをドフラミンゴの耳に掛けて、なまえは柔らかく微笑む。余計なことは言わない。聞いていなくともわざわざ教えてくるベビー5の時とは違い、その花が持つ意味すらドフラミンゴには何も伝えないのだ。

「ああ、やっぱり若には真っ赤な花がよく似合う!」
「…この前は真っ黒な花寄越したくせに、よく言うぜ」
「赤も黒も、紫や青、橙だって、若の目映い髪色にはよく似合う」

以前なまえがドフラミンゴに飾った花は黒百合。その前はスプレーギク。もっと前はケイトウ。ステルンベルギア。胡蝶蘭。マーガレット。どれもこれも、愛の言葉を孕む花だ。しかしなまえはそのどれひとつとして、ドフラミンゴに教えたことがない。

「そうかい、それで?この花の花言葉は?」
「若、花言葉というのは非常に曖昧なものでね。ひとつの花にいくつもの花言葉が、それもまったく意味が違う言葉がつけられていることも少なくはないんだ。そんな曖昧なものを、あんたに捧げられるものか」

ベビー5は、なまえの心を知っている。海賊団のボスとしてではなく、一人の人間としてドフラミンゴに恋をしていること。
ベビー5だけじゃない。なまえがドフラミンゴを好いているのは、ここに住む人間なら誰だって知っていることだ。愛の花。優しい顔。嘘や矛盾を避ける言葉。他の誰にだって下衆の様相を見せるなまえが、ドフラミンゴにはあからさまな好意を示す。気付かない方がおかしい。ドフラミンゴ自身だって当然気付いている。なまえも、気付かれていることに気付いている。
それでも何も言わない。好きも愛してるも言わず、ただベビー5を馬鹿にするついでのように花を捧げている。
恥ずかしいわけではないのだろう。想いを拒否されるのを恐がっているわけでもないはずだ。何せなまえの性格の悪さは筋金入りである。恋に臆病な性格ならば、まだ可愛いげがあった。
ベビー5は歯を食いしばって、ドフラミンゴの顔色を窺う。

「…前にもらった花は三日で枯れた」
「そりゃあそうさ、若は水を替えてやらないんだもの」
「…お前が寄越したんだからお前が替えろよ」
「おれはいつも若の側にいるわけじゃないもの」
「なら、簡単に枯れちまうもんを寄越すんじゃねェ」
「枯れない花なんて、作り物じゃないか。若、あなたは偽物が欲しいのかい?」

なまえの言葉に、ドフラミンゴの顔が歪む。なまえは性格が悪い。求めるくせに受け入れようとはしない。捧げるくせに与えられようとはしない。
一方的な愛情は、意思の疎通が必要ないから楽だ。なまえはドフラミンゴを愛しているし、そしてドフラミンゴからも愛されたがっている。なのにこれ以上ことを進めようとしないのは、ドフラミンゴから愛されているということもわかっているからだ。

不満そうに口を結ぶくせ、耳元に挿された花を捨てようとはしないドフラミンゴになまえは満足そうに笑う。そしてもう一輪の花を差し出した。紫のアスター。なまえに散々からかわれているせいで、ベビー5も多少は花の意味がわかる。だからこそまた、なまえのことが嫌いになるのだ。

アスターの花言葉は『私の愛はあなたの愛よりも深い』。
けれどそれをドフラミンゴに伝える言葉を、なまえの悪い口は決して紡ぎはしないのだ。


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