200000 | ナノ


襲った船の中に随分と大量の酒が積んであり、それを頂戴したハートの海賊団は当然の流れとして宴になった。各々が好き勝手に飲んで、喋り、歌い、ふざけ合いながら楽しい時間を過ごしている中、船長であるローは静かに船員の様子を眺めながら一杯のモヒートをゆっくりと嗜んでいる。隣に腰掛けたなまえはその様子を見て『大人っぽい飲み方をするなァ』と感心していたのだが、どうやらそれには理由があったようだ。
しばらくしてグラスの半分ほどを空けた頃、ローの頭がことんとなまえの肩に乗る。それだけならばさして珍しいことではないが、触れた肌がやけに熱くて、なまえはローの顔を覗き込んだ。
とろりと潤んだ瞳に、緩んだ唇の隙間から見える赤い舌。何より頬がうっすらと火照っていて、なまえは素直に『酔ってるなァ』と思った。しかし、ローの摂取したアルコールなどグラスの半分、例えきつめのラムだったとしても、ソーダ水とシロップで割ったものだ。なまえはローの頭を支えてやりながら、「キャプテン、酒弱いの?」と聞いた。ローはいつもより幾分か呂律の回らなくなった口で答える。

「ひさしぶり、だったからな…回りが早いだけだ」
「そっか。気分が悪いとか、めまいがするとかはない?」
「ない」
「部屋に行く?」
「いかない」
「そっか」

閉じてしまいそうな瞼を瞬かせて、ローは全体重をなまえに預けてくる。ローは回りが早いだけだと言ったが、どうやらあまりアルコールに強い体質ではないらしい。だからこそ舐めるような飲み方をしていたのだろう。馬鹿みたいにがぶ飲みして急性アルコール中毒を起こす若者と比べたら、随分と賢い飲み方だ。ローの頭を撫でると、気持ち良さそうに掌へ擦り寄ってくる。しかし撫でる手を止めると、不満げに眉を顰めてなまえの膝の上に登り始めた。

「こらこら、こぼれるって」
「気をらくにしろ…おれが飲ませてやる」
「あー、ああ、はい」

絡み上戸か、となまえは苦笑しながら奪われるままにローへ自分のグラスを預けた。だいぶ減っている中身はライムが多めに搾ってあるジントニックだが、ローは傍らにあったジンのボトルを掴むと、遠慮無くそのままグラスに注いで一切割らずになまえの口元へと差し出した。

「のめよ」
「うわァ…」
「もんくがあるのか?」
「ストレートはちょっとなァ…いや、わかった飲む、飲むから、歯に当てないで」

グラスをがつがつと当ててくる暴挙に負けて、なまえは口を開けて中身を飲み干す。傾けられるままに流れ込む松脂っぽい癖のある味が、勢いよく喉を通っていった。ローはなまえの膝に乗ったまま、その様子を満足げに眺めている。

「いい飲みっぷりだな。もう一杯いくだろ?」
「…ちょっと待ってキャプテン、君も医者なら急性アルコール中毒の恐ろしさはわかるな?」
「おれは医者だ」
「ああ、知ってる」
「なにかあったら助けてやる。安心してどんどん飲め」
「うわァ」

医者にあるまじき無理な飲酒の勧めに、しかしなまえは抗わなかった。ローに逆らっても無駄だというのは勿論、まだまだ飲酒量に余裕があったからだ。
ジンのボトルを飲み尽くしてもなお、そこらへんで騒いでいた船員の一人に追加の酒を持ってこさせると、さらになまえの口の中へローは酒を注ぐ。まるでわんこそばのように終わりのない酌に、酔うというよりも腹がいっぱいになってきてローの腰を掴んで揺すった。「んう」。甘ったるい声を出すくせ、なんだ邪魔するなとばかりに潤んだ瞳が睨んでくる。

「おれ一人じゃ寂しいな。キャプテンも少し飲もう?」
「ん、う」
「ほら、グラス。持てるかな?」
「…ばかにするな」

飲みかけのモヒートをもう一度ローの手に持たせると、幼子に対するような話し方が気に触ったのか残りを一気に呷ってしまった。「あっ」。焦ってももう遅い。大きく頭を動かしてアルコールを飲み下せば、どうなるかなんて明白だ。目眩を起こしたのかなまえへしがみつくように倒れ込んだローを支えて、空になったグラスを邪魔にならないように遠ざけた。気付かないうちに、随分と酒が回ってしまっていたらしい。普段のローの冷静さとはかけ離れた飲み方だ。

「キャプテン、大丈夫?」
「んう」
「気持ち悪い?」
「んー」
「水飲もうか」
「んー」
「持ってくるから、ちょっと降りて」
「んー」

ハイかイイエかわからない返事は、どうやら全部拒否の意らしい。ぐりぐりと横に振った頭をなまえの胸に押し付ける以外は動こうともしない。困り果ててローの肩越しに他の船員へ助けを求めたが、ベポは酔って寝てしまい、シャチははしゃいでいてこちらに気付かず、ペンギンは気付いてはいたがなまえと目が合うと直ぐさま逸らしてしまった。

「…おい、どこみてる」
「あ、いたっ」
「よそみをするな」

ぐき、と首の関節から音がしそうなほど強く顔をローの方に向けられ、至近距離で潤んだ瞳と対面するが、顔を固定する手は離れない。誰か助けて。気持ちが周囲の船員達に向いたのがわかってしまったのか、ローの機嫌がますます悪くなる。がぶ。顎を噛まれる。ちゅう。喉仏を吸われる。「こっちむけ」。向いてます。「おれをみろ」。見てます。「おれいがいのことはかんがえるな」。今はキャプテンのことしか考える余地がありません。
全てローの要望通りだというのに、ローの機嫌は悪くなるばかりだ。顔を固定する手はそのまま、人差し指を耳に突っ込まれて音を遮断される。「キャプテン、」部屋に行こう、と抗議しようとした声は、ローの唇で塞がれた。
    人前!みんないる!
叫んで振り払おうとすれば絡め取られた舌が思いきり噛まれて、合ったままの強くきつい視線で脅される。口の中は血の味。動けない。何も聞こえない。目の前は視界いっぱいにローの顔。
そこまでなまえの五感を奪って、ローはようやく満足そうに笑ったのが繋がった口元から解った。


「……あれ、船長そんなに酔ってないよな」
「な。部屋でやってくんねェかな」

船員達がうんざりしながらその場を去っていく姿も、なまえには見えない。聞こえない。今はなんにも、わからない。


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