200000 | ナノ


「あら、まだキスしかしてなかったの?」

セックスくらいはしているのかと思った、とでも言いそうなロビンを、なまえは化け物を見るような目で凝視した。信じられない。クロコダイルと自分のような間柄で、どこをどうしたらそんな発想が生まれてくるのか。

「…ば…馬鹿言え…オールサンデーお前、アホか…」
「あらどうして?だってサーは、あなたのこと大好きじゃない」
「アホか!!」

クロコダイルには到底似合わない『大好き』の言葉に、なまえは今度こそ悲鳴を上げた。ロビンはくすくすと笑うので、おそらくはからかっているのだろう。なまえがきつい視線で睨んでも、むしろ心外だとばかりに肩を竦めてみせた。

「あなただって、サーのことが大好きなんでしょう?折角海に出れたのに、わざわざ戻ってくるなんて」
「それはお前…この邸とバナナワニが心配だからっつったろ」
「それなら、キスしたのは何故?」
「………」

確かに勢いでキスをした。勢い余って舌も入れた。けれどそれで何が変わったというわけではない。なまえはいつも通り水難に見舞われクロコダイルの世話に忙しく、口論や殴りあいの喧嘩だって少なくなったわけじゃなかった。キスをした以前と比べて何ら変わりない、いつも通りだ。しかしロビンは、何かが変わったように見えたのだと言う。

そもそもの起こりは、クロコダイルの不在時にロビンが訪ねてきたことに始まる。
もうすぐ帰ってくるから少し待っていろと、なまえはロビンを客間に通した。客人を一人にするわけにもいかず、出した紅茶とクッキーにもロビンは手をつけなかったので、しばらく雑談をしていたのだ。特に内容も思い出せないほど中身のない雑談だ。しかしそこに帰ってきたクロコダイルは何故だかひどく不機嫌で、二人の姿を見るなり飾ってあった花瓶をなまえへと投げつけたのだった。
花瓶には勿論花が活けてあり、花を枯らせないよう水を入れておくのは当然のこと。ならばその花瓶を頭で割らされたなまえが水を被ってしまうのも、また当然の流れであった。
    そしてそれからはいつもの通り。
なまえが怒ってクロコダイルは鼻で笑って、罵りあいから殴りあいの喧嘩になるのはあっという間だった。「あらあらうふふ」とロビンが眺めているうちにクロコダイルは口の端から血を流しながら部屋を出ていき、こてんぱんに伸されたなまえは痛みが落ち着いた頃に起き上がって壊れた家具や床に飛び散った花瓶の破片を掃除し始めた。やはりなまえにとってはいつも通りだ。しかしその一部始終を見ていたロビンは言った。「何かあったの?」と。

「何かって何だ」。「何かは何かよ。あなた、サーに何かした?」。「……顔面殴った」。「今のことじゃなくて」。「はァ?」。「あんなわかりやすいヤキモチなんて、サーにしては珍しいことだわ」。「…はァ?ヤキモチィ?」。「ヤキモチでしょう。私と話しているのが、気に食わなかったのよ」。「…んなアホな」。「ねェ、本当に心当たりはないの?」。「………あー…いや、ひとつだけ…」

そして、キスをしたことを白状させられた、挙げ句の「あら、まだキスしかしてなかったの?」という反応である。もはやなまえにはロビンの言っている意味がよくわからない。何が言いたいのだこの女、と怪訝な顔をするなまえに、ロビンは美しい顔で笑いかけた。

「サーは照れ屋だもの。あなたが手を出してあげなきゃ、先には進めないわ」
「馬鹿言うなよ、あいつ相手にこれ以上どうしろって?」
「サーはきっと待ってるわ」
「………オールサンデー…お前…」
「あら、なァに?」
「俺たちで遊んでるだろ…」

にっこりと笑みを深めるロビンに、なまえは苦い顔でロビンの頭を小突くふりだけをして、部屋の外に消えて行ってしまった。おそらくはクロコダイルの治療に向かうのだろう。相も変わらず甲斐甲斐しい。遊ばれているとわかっても、控えることはしないのだ。

しかし、なまえは勘違いしている。ロビンは別に二人で遊んでいるわけではない。
クロコダイル相手に優位を得ようと、ただ弱味を握りたいだけなのだ。これは彼と仕事を共にしていく上で必要なことなので、悪しからず。




    おい、クロコダイル」

なまえはクロコダイルの部屋にノックもしないで入ると、大きなソファーに寝転んでいるクロコダイルの顔を覗き込んだ。鉤爪で隠されていて見えないが、きっとなまえの存在には気付いているのだろう。なまえはいつも通り持ってきた救急箱から消毒剤と絆創膏を取り出し、クロコダイルの重たい左腕を持ち上げた。不機嫌そうな目は見ないふり。切れた口の端を消毒すると、痛みを感じるのか眉間が寄った。

「お前なァ…癇癪起こすのもいい加減にしろよ」
「………」

クロコダイルは何も答えない。ただなまえにされるがままに傷の治療を受けている。

なまえとて本当は、ロビンに言われずともクロコダイルの機微には薄々気付いていた。クロコダイルにキスをしたあの日。なまえがクロコダイルを好きで、クロコダイルとてなまえを憎からず思っていると気付いたあの日から、なまえの中でいくつかの発見があった。
構ってほしい時に水を引っ掛けてくること。キスをされて嫌そうな顔をしたくせに、抵抗しなかったこと。触れられたいくせに、許可を取ろうとすると「ふざけるな」としか言えないこと。

クロコダイルは言葉を知らない。相手を愛して、愛されるための言葉だ。そして必要ともしていない、ふりをする。結果や結論が全てで、感情や過程や努力など度外視しているのだ。その癖どこかロマンチストの気もあって、相反した性質が一層クロコダイルを面倒臭い男に仕立て上げていた。高すぎるプライドも、他人を信用しないという意地にも似た主義も、なまえには邪魔なだけだ。かわいくないことははっきり言うくせに、かわいいことは隠そうとする。かわいがりにくい男だ。面倒臭いことこの上ない。

「…クロコダイル」
「………」
「クロコダイル」
「………」
「クロコダイル」
「…うる、せ、…っ」

口を開いたクロコダイルの唇を、塞ぐようになまえは唇を当てた。見開いた目は、嫌悪の色を孕んではいない。ぬるりと舌を入れればそこでようやく我にかえったかのように顔を背けたが、それ以上の抵抗はなかった。ふざけるな、と弱々しく呟くだけだ。

しかし、赤く染まった耳は彼の髪型では隠れない。なまえは思った。

    なんだこいつ、可愛いな。くそっ。

そうしてもう一度、今度は噛みつくようなキスをするのだった。


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