200000 | ナノ


自分の酒癖というものを、いい年こいてなまえは把握していなかった。何せ昔からワクだザルだと称されるほどアルコールの分解能力が高く、一升瓶を5、6本空けても全く普段と変わりない意識でいられるのだ。昔は軍の部隊内で懇親会と称した飲み比べをして競ってみたりもしたが、同僚や部下は勿論、酒豪と名高い上司でさえもなまえを前に沈んでいってしまった。
酔いたくても酔えず、みんなと同じように酔って楽しくなったり、羽目を外したり出来ないのは寂しいことでもある。毎度酔っ払いの介抱を受け持つ役回りになってしまうのだが、それが何回も続けば仕方がないかと諦めて飲み会では雰囲気だけを楽しむようになった。
飲んでも飲んでも変わらないなら、飲まなくたって変わらない。場の空気を壊さない程度に嗜んできたせいか、自分の限界を把握することもしなかった。どうせ一生涯、酔うことなどないと思っていたので。

シーツにくるまって寝ているドフラミンゴを眺めながら、なまえは『そう言えば』と思い出すことがあった。いつだかの、将官ばかりが集まって開催された親睦会。たまには羽目を外せとガープにしこたま飲まされた時のことだ。なまえに合わせて飲んでいたガープが潰れてしまった後も、周囲からの酌を受けて馬鹿みたいに飲み続けていた。途中までは確かに覚えているのに、途中からはすこんと記憶が抜けてしまっている。
気付いた時には何故だかボルサリーノの膝を枕に眠っていて、周囲を見渡すとつい先程まで元気だったはずの将官たちが死屍累々に転がっていた。酔っぱらって寝てしまったのだろうか。ボルサリーノに非礼を詫びながら「みんな、日頃の鬱憤が溜まっていたんですかね。こんな前後不覚になるほど飲むなんて」と苦笑すれば、複雑そうな顔をされたのが不可解だった。「………覚えてないのかァ〜い?」。責めているような、安堵したような、困っているような声色。首を傾げると、ボルサリーノは奥が見えないいつもの笑顔でもって、なまえの頭をこつんと叩いた。センゴクに禁酒令を出されたのはその直後で、ことの経緯を知ったのはクザンから。自分が大層酔っぱらって手当たり次第にセクハラをかましていたのだと聞かされた時の驚愕と言ったらない。確かにあの時はドフラミンゴと関係を結んでおらず、特定の相手もいなかったために随分と清らかな生活を送っていた。だとしても酔っぱらって節操なく手を出すなんて、恥さらしにもほどがある。
被害に遭った全員に詫びを入れに行けば、顔を赤くされながらも許してはもらえた。しかし各自詳細は伏せられてしまったので、具体的にどんなことをしでかしたのか、なまえは未だに知らないのだ。せいぜい尻を撫でる程度か、いってもキスぐらいのものだと思っていた    の、だが。

早朝に深い眠りから目を覚ましたなまえは、隣に寝ていたドフラミンゴを見て心臓が止まりそうになるほど驚いた。一緒に寝た覚えがない。むしろ寝る直前の記憶がない。いや、そんなことなどどうだってよかった。隣に寝ているドフラミンゴの姿に、なまえはその滅多に動じない精神に久方ぶりのパニックを起こしたのだ。

精液にまみれた肢体。大きく開脚したままガムテープで固定された下肢。尻穴に突っ込まれたままのバイブはスイッチが入りっぱなしになって激しく震えており、しかしそれを外そうにもドフラミンゴの両手は海楼石の手錠によってベッドヘッドへ繋がれている。さらに熱を開放するためのぺニスには麻紐がきつく食い込んで射精を制限し、破裂寸前に赤黒く変色した肉が痛々しかった。興奮するというよりも目を背けたくなるほどのひどい惨状である。
どういうことだと事情を聞こうにも、ドフラミンゴの口の中には喚けないよう彼のパンツが丸めて突っ込まれていた。唾液でグショグショに濡れたそれを引きずり出しても、出てくるのは脳まで溶けてしまったかのような甘ったるい矯声と射精をねだる言葉ばかり。目は虚ろで全身がびくんびくん痙攣を起こしていたが、とりあえずドフラミンゴを苛むもの全てを取り払い、熱を開放してやると失神してしまった。どんなに馴れ合おうとも未だに完全な無防備を見せようとしない彼にしては有り得ない姿である。
何事、と昨夜から今までの経緯を思い出してみるも、ドフラミンゴの別荘に向かって、やたらと酒を飲んで、絡まれて、酒を勧められて、勧められるがままに飲んで    それからの記憶がない。
焼酎、日本酒、ウイスキーにワイン。全部ちゃんぽんにして飲んで、空き瓶を置く場所すら困るようになってきた時に、なまえは微かに、思ったことを覚えている。『泣かせたいなァ』と。
それは勿論、性的な意味で。

昨夜、唐突に遠征先からほど近い島の別荘になまえを呼びつけたドフラミンゴは、なまえが到着した頃には相当酔っぱらっていた。余程のいいことがあったのだろう。いつも大きな笑い声がさらに大きく、楽しそうに弾み、なまえに絡んできて意味もなく頬を引っ張ったり、下手くそなフェラチオで口の中をいっぱいにしたり、禁酒しているというなまえにも飲酒を強要したり。ドフラミンゴのわがままは可愛いものだとなまえも途中までは笑っていたが、笑っていたからこそドフラミンゴは更にエスカレートした。飲酒の量は増え、それでも顔色ひとつ変わらないなまえを「つまんねェ」と罵り、さらに飲ませて、合間に緩いセックスをしながら更に飲んで、ベッドの周りが空瓶と空樽だらけになった頃    楽しそうに笑っているドフラミンゴを『泣かせたいなァ』と思ったのを最後に、なまえの記憶はすこんと消えた。

そして目が覚めたらあの惨状だ。いくら記憶がなくともわかる。これは自分がやったのだと。泣くまで犯して、挙げ句に一番酷い状態で放置したのだと。

よもやあの親睦会でここまでのことはしていないとは思うが、なまえの酒癖というのはなまえが自覚していたよりも酷かったらしい。確かにセンゴクも禁酒令を出すはずだ。今回のことだって、相手がドフラミンゴでなければセクハラを通りすぎて性犯罪である。ドフラミンゴだから良かった、と思うなまえは、残念ながら反省はしていなかった。なにせ相手はドフラミンゴである。優しくしなければならないと思ったことはないし、遠慮しなければならないと思ったこともない。それはドフラミンゴもなまえに対してそう思っているだろう。お互い様なのだ。

「……ん、ぐ…ゥ」
「…起きたか、ドフラミンゴ」

シーツの中で身動ぎをしたドフラミンゴは、まだ焦点の合わない視線でなまえの姿を認めると、ぎゅうと眉間を顰めて弱々しく首を振った。

「…も、…むり、むり、だ…」
「…大丈夫だ、もうしないよ」
「う…この、へんたいしょうこう…ぜつりんやろう…」

罵る声はがらがらに掠れて、いつもの迫力は皆無だった。すまない、と謝りながら頭を撫でると、「さわんな」と言いながらもドフラミンゴはそのまままた気持ち良さそうに眠ってしまう。どうやら自分の体が既に清められていることにも気付かなかったようだ。あのドフラミンゴをこんなにも前後不覚にするとは、どれだけのことをしでかしてしまったのやら。自分のことながら記憶がないなまえには、どうしても他人事のように思えてしまう。
見てみたいなァ、と思った。どちらかというと、酒癖の把握というよりも好奇心に近い。何せ今回、被害者はドフラミンゴただ一人だ。

「……映像電伝虫………録画…」

口の中だけでぽつりと呟いたなまえは、おもむろに立ち上がって寝ているベッドから離れた。残されたドフラミンゴは、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。何かを手配しようとしているなまえの動向も、今はまだ知らないまま。


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