「明日、デートしませんか」
真摯な表情で持ち掛けられた話は、組手しませんか、と同じような響きでもってモモンガの耳に入ってきたため、ついうっかり頷きかけてしまった。
非番の日にまで訓練の誘いとは見上げた根性だ、いやしかしでーととは何の事だろうか。でーと、でーと?……………………デート?
「
「うわっびっくりした!」
いきなり怒鳴らないで下さいよう、と身を縮ませて怯える姿はふざけているわけではないようだ。しかし全く以てふざけている。どこの誰を捕まえてデートなどと抜かしているのだと驚愕に満ちながら不可解な言動を叱り付けようとした瞬間、モモンガは曲がりなりにも彼に恋慕の情を向けられているのだということを思い出した。いや、受け入れはしていない。なんだかんだと断りきれないまま、なあなあにしてしまっているのだ。
ならば確かに彼の誘いは至極真っ当である。告白の返答が保留だというのなら、色好い返事をもらうために互いを知り合うための手立てとして同じ時間を過ごすというのも良いだろう。
だがそれは、モモンガがうら若き乙女であるならば、という話だ。
中年の武骨な男に「デート」などと、気が狂っているとしか思えない。モモンガ自身、誘われても抵抗しかないのだ。これが妙齢の女性にはにかみながら誘われたのであれば、モモンガとて男である、嬉しくないわけがない。だがロットは男だ。そのうえ部下である。複雑な思いしかない。
「え、ダメですか?中将も明日非番ですよね…?」
純真無垢な丸い瞳が、少し潤んでモモンガを見詰める。この目がいけない、といつも思う。人の気持ちを引きずり込む目だ。モモンガはそっとロットから視線を逸らしながら、「明日は予定がある」と答えた。嘘だ。心苦しいが、承諾してしまったらさらに引きずり込まれてしまいそうで断るしかなかったのだ。
むっつりと口を引き結んで厳しい態度で拒絶したモモンガに、ロットは「あう…」と情けない声を出して二の句をつげないようだった。それもそうだ。予定がある、と言ってしまえば、単なる部下でしかないロットに予定を捩じ込む権利などない。
「じゃあ、えっと、また次の非番に…あ、先約!先約します!中将の予定、予約します!」
しょぼくれた声から一転、子供のようにハイハイと手を挙げて予定を取り付けるロットに、つい笑ってしまう。逸らした視線をもう一度向けてみればキラキラした瞳が期待に輝いていて、悲しませたわけではないようだと安心する反面、この言い訳ではずっと逃れることは出来ないようだと失策に内心舌を打った。なにせロットはモモンガが直接まとめている部隊の海兵なのだから、モモンガが非番ならばその部隊のロットも自然と休みが重なるのだ。いっそデートなどという言葉さえ無ければ、と眉を顰めたモモンガの思考を断ち切るように、ロットがなんらかのパンフレットを広げてモモンガの眼前に広げた。
「ね、ね、次の非番はどうですか?中将お酒好きですよね!試飲できる酒蔵とか、ワイン造り体験のできるワイナリーもあって、あっ、シャボンディ諸島も今は結構大人向けのイルミネーションがやってるみたいなんですよー!ほんとは、明日予約してたイタリアンが人気あってすごく美味しくて、でも静かで落ち着けるみたいなんで是非中将と!って思ってたんですけど、今度また予約とってもらうんで一緒に行きましょ!」
ニコニコ笑ってデートプランのプレゼンをまくしたてるロットの言葉に引っかかるものを感じて、「予約を、とってもらう?」と聞き返せば、「ヤマカジ中将に、デートするならどんなお店がいいですか?って聞いたらご予約とっていただきました!普通なら一ヶ月は待つんですって〜中将ってすごい〜」と呑気な答えが返ってきて頭を抱えてしまった。まさか、ヤマカジにデートスポットを聞くだなんて!
モモンガの部隊と言わず、色んなところで海軍のペットよろしく可愛がられているロットならば確かに別の部隊の上司や先輩に悩み相談をしてもおかしくはないだろう。中将という随分と上の立場の人間に聞いたとて、大人びたデートを演出したいのだろうと推測することもできる。だが、中将だ。中将ならばロットが一番慕っているモモンガが同じ部隊にいる。そのモモンガではなくて、わざわざ別の部隊のヤマカジに聞いたのだと知られたら、ロットがデートに誘いたがっている人物が分かってしまわないだろうか?ただでさえ、「随分と好かれてるじゃねェか」と周りにからかわれているのだ!
「ヤ、ヤマカジはなんと?」
「え?うーんと、そこでディナーを食べた後、イルミネーションでも見てれば良い雰囲気になれるって言ってました!」
ちがう、そういうことじゃない。
というかそれは、その後ホテルに連れ込めということではないのか。
頬を赤くして睨むモモンガに、しかしロットはきょとんと目を丸くして何も分かっていない顔だ。「えーと、また予約とってもらいますよ!」。ちがう、そういうことじゃない。
「ダメだったらヤマカジ中将が一緒に行ってくれるって言ってくれたので、気にしないでください!お店にも迷惑かかりませんよ!」
「ちがう、そういうことじゃ……なに?ヤマカジと?」
「はい!明日はヤマカジ中将とデートになっちゃいますね〜」
あはは、と冗談ぽく笑うロットは、モモンガの心配も懸念もなにも察知してはいないのだろう。「ついでにイルミネーション見て良い雰囲気になる予習もしておきます!」と堂々宣言しているが、ヤマカジと良い雰囲気になってどうするつもりなのだろうか。ヤマカジのことは、デートの相談をするくらいなのだから好きなのだろうが、良い雰囲気になりたい相手でもないくせに。ロットが良い雰囲気になりたい相手は、他でもないモモンガのはずだというのに。
「…………夜の、8時までに帰れれば構わないんだが」
「え?」
「食事をしたら、すぐに帰ることになるだろうが…」
「えーっ!いいですいいです!もーそれを早く言ってくださいよ!一緒にご飯たべましょっ!やったーモモンガ中将とデートだァっ!」
「こ、声が大きい!」
「アッ!ごめんなさい、内緒のデートですねっ」
もはや意味もないのに口を手で塞いで黙り込むロットの嬉しそうな顔に、ホッと息を吐いたのはどういった意味だったのか。きっとヤマカジにこれ以上悟らせるような真似をさせるまいと、阻止出来たことへの安堵だったのだ。