モモンガ長編 | ナノ


無茶だと思われた訓練メニューも、モモンガに褒められたい一心でロットは毎日真剣に繰り返していった。正義の為に強くなりたいという理由ではないのが残念なところだが、身に余るはずのハードワークも余裕の顔でこなせるようになったロットは筋力も体力もついてまた一回り大きくなったようだ。元々体格には恵まれていたが、筋肉質になると印象がガラリと変わる。黙っていれば精悍な顔立ちと相まって、如何にも強そうな強者だ。しかし口を開くと途端に、その印象は崩れ去ってしまうのがまた残念だった。特にモモンガの前では、彼の顔面筋はどうにも緩んでしまいがちである。

「中将!中将!お腹空きましたね!昼食ご一緒にいかがですか!」
「やかましい!!」
「ごめんなさい!!」

昼休憩の鐘が鳴った途端、にこにこへらへらしただらしのない顔付きでモモンガの執務室に飛び込んできたロットは、怒声で返したモモンガにすぐさま肩をすぼめて謝罪を叫んだ。互いに反射である。このやり取りを毎日のように見ている周囲は一様に暖かい視線を向けてはいるが、決してロットを叱りつけようとしないあたりモモンガの味方はいないようだ。さらに上司であるはずのモモンガを置いてさっさと昼食に出てしまうあたり、何やら悪意すら感じるというのはモモンガの考えすぎだろうか。ロットがモモンガを異常なほど慕っているというのは周知の事実だが、まさかその感情が恋であり、なおかつ告白済みであるということは二人だけしか知らないはずだ。ロットが誰かに相談などしていなければ、の話だが。

「中将〜…まだお仕事ですか…?ごはん行けませんかァ…?」
「情けない声を出すな」
「だってお腹空きました…」
「先に行けばよかろう」
「中将と一緒がいいんですっ」

そろそろとモモンガの仕事机に近付いてきたロットは、大きな体を屈めて上目遣いに見上げてくる。手元には午前中に終わらせようと思っていた書類があと一枚。ロットの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、「もう少し待っていろ」と告げれば、昼食よりもモモンガの手が嬉しいのかまた表情を崩して笑った。

「…それも鍛えられんものか」
「え?」
「だらしない顔をしおって」

頭から滑らせるように、緩んでいる頬へ手を伸ばした。摘まんで引っ張って、伸びるには伸びるが特別柔らかいわけではないというのにどうしてモモンガの前ではこんなにも緩んでしまうのだろうか。嫌なわけではない。むしろかわいく思えてしまうから問題なのだ。

「…な、」
「な?」
「なんか今の、恋人っぽいですね…!」
「どこがだ!!」

手を離した時には既に遅く、強くつねった訳でもないのにロットの頬は赤く染まっていた。「顔に触るって、親密じゃないですか」。確かにそれはそうだ。だが今まで散々頭を撫でていて、顔とそんなに大差があるだろうか。熱っぽい視線で見つめてくるロットに何やら不穏な空気を感じて、モモンガは慌てて席を立った。机の上には書類が一枚。思わぬ邪魔に、結局午後へと回されてしまったのだった。


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