モモンガ長編 | ナノ


いっそ逆手にとってみることにした。ロットは痛い目に合わないと解らないようだから、厳しい現実を教えてやるのだ。ロットの頭の中でどういった妄想を経て勃起するまでに至るのかは知らないが、モモンガは女のように柔らかい肢体を持っているわけでもないし、大人しく組み敷かれてやるわけもない。むしろ萎えてしまうほど男臭く頑固で厳しい人間だ。恋に恋して夢を見るのは自由だが、現実は甘くないのだと思い知らせてやる必要がある。

早速モモンガは、ロットに訓練と託つけて特別メニューを課した。100kmマラソンに三時間休憩無しの組手、筋力トレーニングは普段の5倍ずつ行わせ、勿論通常の海賊討伐業務にも連れて行った。能力者であるロットに遠泳をさせようとした時は流石に周囲から止められたが、それでも海に突き落とせば案の定溺れて、部下の数人が助けてやらなければロットは死んでいただろう。イジメだ、と囁いた誰かに、賛同するのは一人や二人ではなかった。モモンガ自身、これはやりすぎだと気付いている。

しかしロットは弱音を吐かない。
泳ぐ以外の訓練も仕事も全て受け入れ、毎日死にかけるまで己の肉体を鍛えている。言い付けられたメニューをこなし終えるとボロボロの体を引き摺ってモモンガのところまで報告にくるのだが、モモンガは「そうか」と頷いて更にデスクワークを命じるだけで褒めてはやらなかった。視線すら合わせないモモンガに、そろそろ殺意を抱いてもおかしくないはずだ。無茶を言っていびる上官を、殺してやりたいくらい憎むのが普通なくらい、ロットを心身ともに追い詰めている自覚はモモンガにとてあった。

それでもロットは何も言わない。モモンガの指示に「はい」と一言頷いて、ろくに動かない足を引き摺りながら精一杯の駆け足で執務室へ走っていくのだ。その背中があまりにも哀れに思えて、モモンガはとうとう、声を掛けてしまった。

「おい!」
「…え、あっ、は、はい!何ですか中将!」

モモンガの呼び掛けに、ロットはこけつまろびつ戻ってくる。あまり見ないようにしていた顔は改めて確認すると真っ青で、隈がひどく、痩せこけて疲労の色も強い。
次は何を言われるのかと、びくびくして眉を下げているロットの顔にモモンガはとことん弱いようだ。

「その…よく、頑張っているな」

言うつもりのなかった労いを掛けてしまい、次の瞬間さらに後悔した。

    ぱぁっ、と。
まるで光が差したかのように突然満開の笑みを見せたロットは、嬉しくてしょうがないと言わんばかりに大袈裟な頷きを何度も繰り返す。

「はいっ!全然、いくらでも、頑張ります!」
「………………そうか」
「はいっ!!」

頑張ってるよ、褒めて褒めて、もっと褒めて。
言わずとも伝わってくるような全身のオーラに、モモンガは負けてしまいそうだ。褒めてやりたい。ぐしゃぐしゃに頭を撫でて、よくやったと声を掛けたら、ロットはもっと喜ぶんだろう。
爪が食い込むほど手を握りしめたモモンガは、しかしニコニコと笑う顔に勝てなかった。
手を伸ばしてロットの顔の前に翳す。何をされるか解ったロットは、自らいそいそと屈んでモモンガの掌に頭を押し付けた。これがいけない。「えへへ」と笑う声がいけない。
とうとう挫けたモモンガは、ロットの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら負けを悟る。馬鹿な子ほどかわいいだなんて、こんな形で知りたくなかった。


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