モモンガ長編 | ナノ


「好きです」

普段の彼の言動から、慕われているとは薄々勘付いていた。だがまさか直球で言葉にされるとは思わなんだ。これは少し照れ臭いと思いながら、ありがとうと感謝で返そうとしたモモンガは口を閉ざした。

モモンガよりも頭3つ分は高い位置にあるロットの顔を見ると、彼の顎しか見えない。天井を向いて、モモンガから顔を逸らしているのだ。モモンガに怒られる際、情けなく泣きそうになっている顔を見られたくないという彼の癖である。上官に怒られている時に顔を背けるなど何事だとモモンガはさらに怒るのだが、叱りつけるとゆるゆるモモンガを見る目が、顔が、今にも『きゅうん』と弱々しく鳴きそうで、いつもモモンガは許してしまう。
彼の性根は人懐っこくて明るくて、でかい図体のくせにドジなものだから愛嬌がある。周囲から弟のように構われているロットはモモンガにとってもかわいい部下だ。それ以上でもそれ以下でもない。

   しかし、彼の言う「好き」は、モモンガの勘付いていた『慕われている』とは違うようだ。

顔を背けているのが無意味なほど首まで真っ赤に染まった肌は、うっすらと汗ばんでいて緊張していることが知れる。たかが上官に慕っていることを告げるだけでこんな風になるだろうか。まさか。目を合わせ、さらっと言ってしまえば良い話だ。恥ずかしがるくらいならわざわざ言葉にする必要もない。愛の告白ではないのだ。まさか。こんな中年の男に、まさか。

「…好きです」

何も言わないモモンガに痺れを切らしたのか、ゆるゆると降りてきた顔はやはり情けなく歪んで今にも泣きそうだ。いつもと違うのは、モモンガが叱りつけたわけではないということと、血管が破裂しそうなほど真っ赤に染まっているということか。まさかのまさか。本当に、愛の告白だとでもいうつもりか。

「…だめですか…?」

ぎゅ、と縋るように掴まれた手がいやに熱い。真摯に見詰める潤んだ瞳と、今にも『きゅうん』と鳴きそうな表情。だめだと言ってしまったら彼の世界が崩壊してしまいそうな張り詰めた雰囲気に気圧されるようにして、モモンガはつい、熱い掌を握り返してしまった。とんだうっかりである。


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