とうとうこの時が来てしまった。顔どころか首筋や手まで真っ赤になってモモンガを見つめるロットに、ゆくゆくはそうなるのだろうと予測していた事態が到来したことを悟った。「モモンガさん」と甘くねだる声はいつも通り仔犬が鳴くような響きを含んでいるのに、今日は艶めいて聞こえるのはそういった意図を含んでいるからだろうか。唇をべろりと舐められて、顎、頬、目元、額には押し付けるだけのキスが落ちてくる。熱くなった手で両方の手首を掴まれてしまい、『いい』と許可を出すまで離してもらえそうになかった。
ロットと付き合うようになってからというもの、モモンガには今までとは違う懸念事項が常に頭の中につきまとっていた。付き合うとはつまり男女の仲のように恋人関係になるということで、恋人関係とは身体を重ねることも視野に入れて考えておかなければならないということだ。もちろん、男同士ということも踏まえるとそういった行為をしないという選択もあるのかもしれないが、関係を結ぶ前にロットははっきりとモモンガに告げている。モモンガで勃つのだと。
どういう都合のいい妄想をすればモモンガのような無骨そのものの男に対してそういった状態になるのかは到底理解出来ないが、下半身が反応した上で告白してきたということはロットにとって肉体関係は織り込み済みでの付き合いのつもりなのだろう。しかもおそらくは、自分が男役のつもりで。
ああだこうだと難癖をつけ、遠回りをしたが最終的に関係を結ぶことに頷いたのはモモンガ自身だ。そこに後悔や疑問はもう無いかと言われると嘘になるが、ロットにまっすぐな想いをぶつけられて悪い気はしていないのも事実なのだ。手を握られ、キスもした。男同士で付き合うというのは初めてのせいか、ロットの熱っぽい視線につられてしまうせいか、年甲斐もなく無性に落ち着かない気分になってしまうのだがまあそれはそれとして。目下の問題は、その先のことなのだ。
それとなく避けてきたつもりではあったが、明日は二人揃って非番、今いるのはモモンガの自宅で、食事も終わって風呂に入らせ、モモンガ自身も今しがたバスルームから出てきたばかりだ。ベッドにも形が変わるソファーを指して「お前はそちらだ、ではおやすみ」と背を向けた瞬間、後ろから伸びてきた手がモモンガの腕を捉え無理やり振り向かせて壁際に追い詰められてしまった。もちろん犯人は一人しかいない。顔を首筋まで真っ赤に染め、潤んだ眼差しで性を匂わせるロットだ。「モモンガさん」と子犬が鳴くような声でねだって、唇で何度も顔に触れてくる。何をねだっているかなど、生娘でもあるまいし分かりきったことだ。それでもとぼけようとしたモモンガの口が開いた瞬間、無駄口を塞ぐようにロットの舌がぬるりと中に入ってきた。分厚くて大きな舌が性急に歯を舐め回し、モモンガの舌を捉えて吸い付き、奪われた唾液を飲み下す音がした。ごくり、と妙に響く音と共にロットの喉仏が上下するのにつられ、モモンガもカラカラの喉に唾液を送るようにごくりと空気を飲み込んだ。
「ももんがさぁん…」
「な、なん…」
「だめですか…?」
「な、に、」
「おれ、えっちしたいです…」
「っひ」
片手を腕から離したかと思えば、そのままするすると腰に降りて寝巻きの上から尻の穴を指先で押された。唐突な接触に背筋を伸ばして避けようとするが、伸び上がったモモンガを受け止めるように再びロットが上から口付けてくる。尻を揉まれ、口を塞がれ、自分より随分と大きな体格の男にすっぽりと覆われたモモンガは、そのままずるずると引きずられて自分が寝るはずだったベッドの上に転がされてしまった。
「ま、ま、まて、ロット」
「どのくらい?」
「ど、」
「おれ、あんまり待てる自信ないです…」
おねがい、モモンガさん、と耳元で囁かれて、喉から引きつった声が漏れる。予測しなかったわけではないのだ。実行に移される前に話し合う心積もりもあった。だがロットが本当にモモンガへ性的な接触を望んでいるかは確証を得たわけでもなく、下手に話題を出してそのまま事を進められても困ると後手に回ってしまったのがこの結果だ。今更とぼけるのは無理だろう。はっきりと言葉にして「えっちしたい」と乞われてしまった。ばくばくとうるさいくらいに胸を打つ鼓動を落ち着かせるようにひとつ大きく息を吐きながら、モモンガはロットの胸板を押して自らも身体を起こし向き合った。覚悟を決めるしかないようだ。
「…わ、私が、抱かれる方なのか…?」
「おれは抱きたいですけど、モモンガさんはおれを抱きたいですか?」
「……し、しない、という、選択肢は…」
「おれはしたいです」
「う…」
「でも、モモンガさんが嫌がることはしたくない」
そっと手を握られて、触れるだけのキスが頬に落とされる。こんな中年に。こんな筋肉と骨ばかりの男に。こんな可愛げもない年上に。何度も繰り返した「趣味が悪い」という非難は、何度目かに「おれの好きな人をそんな風に言わないで」という言葉によって封じられてしまった。「次言ったら一回ごとにちゅーしますからね」とルールを取り付けられているのだから尚更だ。何度かそのルールを行使されてはいるが、今はロットの劣情を煽るだけになってしまうだろうからその非難は得策ではないだろう。
「………なにも、準備をしていない」
「おれがします。したいな」
どうにか捻り出した逃げ道も食い気味に塞がれ、ぐう、とモモンガは喉を鳴らした。「それは…はずかしい…」などと生娘のような言葉が出たが、これこそ本音の意見だ。はずかしい。そうだ。こんな若い男に、身体を暴かれるなど。
「目ェつぶってていいです。嫌とか気持ち悪いとか感じたら言ってください。えっちしたいですけど、今日すぐに挿れたいってわけじゃないんです」
「………」
「ね、だめです?おねがい、モモンガさん」
潤んだ目で、下がった眉で、赤い顔で、必死に食い下がってくる姿が可愛くないとは言わない。むしろその姿が卑怯なほど可愛くて、いろんなことを許してしまっているのだ。
眉をひそめ、歯を食いしばり、ようようひとつ頷いて返事をしたモモンガに、ロットはパッと明るい笑顔を見せた。
「えへへ、ありがとうございます!優しくしますからね!」
「…やわな子女でもあるまいし」
「おれが、優しくしたいんです」
ね?と愛らしく首を傾げながら、再び何度も顔にキスを落とされ、ベッドに押し倒される。馬鹿げたことに余裕など一切なく、自分では否定しておきながらやわな子女のように無防備に転がることしか出来ない。ふ、ふ、と細かく息を吐いてどうにか落ち着こうとするものの、その口も塞がれてはどうにも出来なかった。
「モモンガさん、いい匂い」
汗ばんだ首筋の匂いを嗅がれて、こんなことになるのではないかという危惧で念入りに身体を洗ってきたことを指摘されたような気分になった。ちがうそういう意図じゃない、と何も言われていないのに否定しようにも、何度も繰り返し押し付けられる唇と徐々に服を脱がしていく指に気を取られてそれどころではなくなってしまう。
「触りますね…」
手のひら、腕、肩から首筋、胸。ぺたぺたと皮膚をくっつけ、時に擦り合わせるように撫でられ、大した刺激でもないのに羞恥のせいか頭がゆだるように熱く、息が荒くなってしまう。酸素を取り込むために大きく開いた口に、ロットの舌がねじ込まれるものだから尚更だ。苦しい。頭がぼうっとする。思わず舌に吸い付くと、ぢゅる、と卑猥な音がして余計に羞恥が煽られた。
「ももんがさん…っ」
ロットはただモモンガの身体を触っているだけだというのに、興奮しきった声で名前を呼ぶ。好きです、大好き、夢みたい、うれしい、と子供のように喜びの声を上げ、一心不乱にまさぐってくる。
その様子が、嬉しくないと言えば嘘だ。欲しがられている。こんなにも夢中になっている。そう思えば自分も何か施したくなり、手をロットの身体に這わせた。「ん」とむずがるような声をあげたロットは、しかし嫌がる様子もなくむしろ求めるようにモモンガの手に擦り寄ってくる。その要求に応えるよう、脇腹、腰、そして股間の衣類を押し上げている一物に触れ
「い゛っだァ!!!?」
「あ、わっ、す、すまん、つい…っ」
先程までの艶やかな雰囲気をぶち壊し、色気も何もない悲鳴をあげたロットは、男の弱点を潰されそうになった痛みにうずくまって「きゅうーん」と悲しそうな鳴き声をあげた。思い切り力を込めてしまったのだ、さぞかし痛かろうと腰のあたりをさすってやったが、モモンガにもこんな凶行に至った言い分がある。触れてみて気付いたのだ。いや、ロットの体格はモモンガより一回りどころか頭三つ分は大きい。想像すればわかることではあるのだが、言ってみればそう、想像以上だったのだ。
「ももんがさぁん…いやだったら、口で言って欲しいです…」
「ち、ちが、その…驚いた、というか…」
「驚いた?」
「で、でかすぎるだろう…っ!」
ロットのその、衣類越しにでもわかる陰茎の質量が、あまりにも大きすぎた。モモンガの手のひらで握っても余るほどの、例えるなら腕よりも太い陰茎だ。血が集まって熱いそれに触れたとき、感じたのは躊躇や羞恥などではなく本能的な身の危険だ。ゾッとしたものが背筋に走り身を引いたモモンガに、恨みがましい目を向けながらロットはズボンを下着ごと膝まで下ろした。ぼろん、と音がしそうなほどの質量をもって出てきたのは、それが自分の中に入ると思うと凶器としか思えないほどのサイズの陰茎だ。強く握ってしまったせいか明らかに元気がなくなっているが、それがまた恐ろしい。こんなにも大きいというのに、まだ最大ではないのだから。
「そっ…!そんなでかいものが!!はいるわけないだろう!!!」
「…だから、今日無理に挿れるつもりはないって言ったじゃないですか」
「明日だろうが来週だろうが来月だろうが入るわけがない!!!」
「入るまで慣らすんですよ
戦場さながらの素早さで、モモンガの足首を掴んだロットは思い切り自分の方に引き寄せた。そんなことをされればベッドの上を滑るのは当然で、呆気に取られているうちに脱げかけだったズボンをロット同様下着ごと引っこ抜かれてしまう。
「ロット!!!」
「大丈夫ですよ、任せて」
足首を大きく持ち上げられ、開いた股の間にあろうことかロットは顔を近づけた。べちゃ、と濡れたものが尻の間に触れ、喉が引きつったような悲鳴が出る。舌だ。ロットの舌が尻に触れている。しかも人間の舌ではなく、悪魔の実の能力である犬に半分化けて更に大きくなった舌で舐め回しているのだ。
「やっめ…ぁあ!!」
べちゃべちゃと無遠慮に秘部を舐め回され、更には先端を尖らせた舌が穴の中にまでぬるりと入ってくる。「ロット、いやだ、すまなかった、あ、やめ、そ、い、きたな、い…っ!」と息も絶え絶えに静止を求めるものの、ロットはそのまま奥へ奥へと舌を潜り込ませる。口元が犬そのものになれば当然大きく開いた口には牙が生え揃っており、下手に動くと下肢を丸ごと食べられてしまいそうでモモンガは身体を固くして蹂躙に耐えるしかなかった。
「ああ、う、うっ…!この…っ!!」
嫌がったらやめる
そのままの状態でどれだけの時間が経ったかはわからないが、ようやくロットがモモンガの股の間から口を離した頃には人間の顔に戻っていたものの、モモンガの下半身は溶けるように熱く、唾液や先走りでどろどろに濡れていた。
もはやモモンガが抵抗する気力もなくベッドに転がっているのをいいことに、ロットは舌の代わりに指をそっと入れてくる。唾液で十分に濡れたそこはすんなりと指先を受け入れ、中のしこりのような部分を擦られて腰に痺れが走った。「ぁう」と声を漏らしたモモンガにしたり顔で笑うのが憎らしい。嫌がったらやめるとは確かに言っていないが、優しくすると言ったくせに!!
「ほら、わかります?もう指三本も入ってます」
こりこりとしこりを嬲られ、口から出したくもない声が勝手に出てしまう。いやいやと首を緩く振ったモモンガの耳元にロットは唇を寄せて、指を動かしながら囁いた。
「…絶対、ここを犯して、あなたをおれの雌にしますから」
「覚悟して」、と興奮しきった声に、モモンガの肩がぶるりと震える。怯えているのではないのだ。拒もうと思えばいくらでもやりようがあることを、そのくらいの実力差はまだ埋められないことを、ロットも、モモンガも本当は知っている。知っていて知らない振りをしているのだから、それは、つまり、