「しつこくなんかしてないよ。だってあの人、最初から自分の気持ちで断らなかったもの」
晴れやかな笑顔で正当性を主張する友人は、最近恋人が出来たらしい。以前に好きな人が出来たと聞いてはいたが、告白してから改めて正式に付き合うことになったと聞くまで間が空いていたので、「まさかお相手を追い詰めてないですよね?しつこく迫ってないですよね?」と聞いてみてのこの返事だ。
海軍に入った頃からの付き合いである彼は、能力そのものの性格で犬のように人懐こく愛嬌があって話もしやすいが、思い込むととことん食らいついて離さない執念がある。過去に自分のトロさを嘲笑っていた同期の海兵が、彼に目をつけられて早々に除隊にまで追い込まれたという事件があったことを知っているのだ。好意といえど、彼に目をつけられた相手とその周辺を心配してしまうのは仕方のないことだろう。
「おれよりずっと歳上なのに、自分がおれのこと好きだって気付いてもいないんだよ。いや、認めたくないのかな?どっちにしろかわいいと思わない?」
「…どうして、好かれていると思うんです?」
「だって、断る理由をたくさん探すのに、最後までおれのための理由しか出てこなかった」
「傷つけないようにしてくれたのでは?」
「それでも諦めないなら、最後には『興味がない』とか『生理的に無理』って言うしかないでしょ。異動させるって方法もあったのに、結局決定的なことは何もしなかった」
頬を染めて、口を緩ませる表情はこちらもつられてしまうほど嬉しそうだ。色恋沙汰に疎い自分には、そういった分野での人の機微や駆け引きなどは分からない。もしかしたら彼が勘違いしている可能性もあるが、確認をする術もなし、なにより友人が幸せそうで嬉しくないはずもないのだ。
「両思いならなによりです。今度私にも紹介してくださいね」
「えへへ、照れ屋さんだからすぐには紹介出来ないかもだけど、そのうちね」
ふにゃりと笑う顔が子供のように愛らしい。自分の何倍もある大きな体躯は威圧感を覚えてもおかしくはないはずなのに、手をかざすとすぐさま犬の姿に変わって頭を差し出してくる仕草は愛嬌しか感じられなかった。
「
「わっ」
「あ、中将」
離れたところから響く怒号に撫でようとした手を引っ込めると、ロットもサッと立ち上がり犬の姿のまま上官の元へと駆けつけていく。
「じゃあまたね!たしぎちゃん!」
と手の代わりに尻尾を振るロットに引っ込めた手を振り返そうとしたが、怒号を飛ばしたロットの上官に睨まれているような気配を感じ、敬礼するに留めて見送った。あんなに怒らせるなど、集合でも掛かっていたのではないだろうか。自分が人に言えるところではないが、ドジなところがあっても時間やスケジュールはきちんと守る彼にしては珍しいことだ。もしや恋の成就に浮かれているのではと思い至って心配の溜息を吐いたが、今後ロットといる度に向けられる鋭い視線の本当の意味を知るのは、それからずっと、先のことだった。