「ああ、あれでしょう?青キジ大将の下の部隊の…えーと、名前はなんだったかな?」
「同期で仲が良かったみたいですね。うちに配属されたばかりの時は任務後によく会いに行ってましたよ」
「そういう仲ではないみたいっスけどねー、まあロットもまだお子様ですし、心配しなくても任務に支障は出ませんって」
「えっ、モモンガ中将知らなかったんですか?あの二人いつくっつくかって賭けてる連中もいますよ」
「たしぎちゃーーーーん!!!」
部隊のものに聞けば誰しもから心当たりのあるような顔をされ、そうでなくとも本人の動向を見ていればすぐに件の女海兵の顔は知ることが出来た。モモンガにあてがわれた執務室から覗ける窓の向こう側、訓練場の片隅で、犬の姿のロットが飼い主を見つけたとばかりに全速力で駆け寄っている。細くしなやかな足元にまとわりつき、慌てた女海兵が足をもつれさせて転びそうになっているところを服の端を噛んで留まらせる光景は喜劇のように微笑ましいものだ。旧知の仲というのは確かにそのやりとりを見れば分かりやすく、犬姿のロットの頭を撫でる手や、ロットのだらけきった顔つきは親しさの現れだろう。人懐っこいロットならばよく見る光景にも違いないが、その光景にも慣れた部隊の人間が殊更に「仲の良い存在」として名前が挙がるなら、余程普段から仲睦まじく過ごしているのだろう。
歳も近い、同期だというのなら苦楽を共にしお互いの長所も短所も分かりあっているのだろう。所属される部隊が別れれば自然と疎遠になっていく付き合いの中で未だにわざわざ顔を合わせているのなら、他の同期の中でも特別な存在のはずだ。
そしてなにより彼らは、男と女だ。子供が産める。家族が作れる。似合いのカップルだろう。少なくとも、ロットよりずっと年上で、上司で、同性のモモンガを好きになるよりも、自然だ。
「…あいつはどこで血迷ったんだ…」
ぼそりと呟いた言葉が自分の耳に入って頭に響く。そうだ、血迷っているのだ。何を勘違いして、何を考えて、何を求めているのかわからないが、ロットはモモンガのことが好きだと言う。生理的欲求を催すという。顔を合わせれば嬉しそうに破顔して、休日を潰してでもデートに誘う。若い頃の貴重な時間を浪費して、血迷った感情に夢中になっている。すぐそばに、魅力的な女性がいるにも関わらず。
このままではいけないだろう。上司として、年長者として、きちんと伝えてやらねばならない。なおざりにして良い問題ではなかった。自分に一番懐いているからと、聞き分けがなく思い込みが激しいからと、諦めてはいけないのだ。
ロットには、モモンガだけが選択肢というわけではない。モモンガに一番懐いているというわけでもない。
彼が恋情を抱いているとしたら誰かという問いに、名前が挙がるのはモモンガではない。
そんな当たり前のことを、モモンガは今になって、初めて知ったのだ。