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「かわいそうに、つらかったでしょう」

そういってほろほろと涙をこぼして抱きしめてくれた美しい人の表情を、何年か経った今でもグラディウスは鮮明に思い返すことが出来る。
穏やかな物腰、たおやかな仕草、笑うと愛らしく、他人の痛みに涙を流す優しさに触れてグラディウスはすとんと恋に落ちた。酷い環境から救ってくれたドフラミンゴを慕うのはもちろんのこと、満身創痍の状態でドンキホーテファミリーに入ってきたグラディウスを甲斐甲斐しく介抱してくれた美しい女性に心を奪われてしまうのは当然のことだろう。まだ子供と呼ばれてもおかしくはない年頃に、その打算無き慈愛の心は甘い毒だった。




「フッフッフ!ナマエに惚れたか。悪いこたァ言わねェ、死ぬまで墓に持っていくことだな」

馬鹿正直で素直なグラディウスの恋心は、わかりやすくていっそ滑稽だったろう。すぐさま心の内を見抜いたドフラミンゴは、笑いながら釘を刺してきた。ナマエと呼ばれるその人は、本名をドンキホーテ・ナマエといい、ドフラミンゴと血を分けた実の家族である。ドフラミンゴを神のように崇めるグラディウスにとっては、神様の血族に手を出すなどとんでもなく愚かなことだ。身の程知らずの恋はドフラミンゴの言いつけ通りに蓋をして、ナマエへの淡い想いは無かったことにした。彼女はきっと、自分のように粗野でろくでもない出自の自分のような男ではなく、品も金も学もある貴族の男とでも恋に落ちて結婚するのだろうと、そう思っていた。本性を知るその時までは。




    『おれ』の『母上』に、色目使ってんじゃねェよ…!!」

鮮やかな色のフレアスカートを返り血で汚し、ナイフを片手に恫喝するその人は確かにナマエだった。
血走った目で見下ろす先には腹を刺された男が地面でのたうち回っており、ひいひいと悲鳴を上げるそれを続けざまに何度もナイフで突き刺した。

もがく手足から徐々に力を無くしていく男は、近頃ナマエに付きまとっていた男だ。ナマエが毎朝食卓に飾る花を買いに行く花屋の年若い店主で、身の程知らずにも恋に落ちたらしい。財布を忘れて買い物に出て行ったナマエを追いかけたグラディウスが、ナマエに言い寄っている男の姿をみとめた瞬間に沸いたのは怒りだ。次いで嫉妬と、それから焦り。ナマエに気安く声をかける男に身の程知らずだと怒りが沸くと同時に、なにも考えずに自分の気持ちを伝えられる馬鹿への嫉妬、そしてもしもナマエが色好い返事をしたらどうしようという焦りだ。
ナマエの腕を掴み、懸命に想いを告げる男の口を今すぐにでも塞がねばならないとグラディウスが足を急がせた瞬間、その男の口を止めたのは他でもないナマエの手だった。

細くしなやかな手で握っている小さなナイフが躊躇なく男の腹に埋まり込み、痛みより先に戸惑いで間抜け面を晒す男の顔が徐々に歪んでいく。
駆けつけようとした足は止まり、呆然とその光景を眺めていたグラディウスには理解が出来なかった。地面に倒れこむ男を見下ろす蔑みの目も、返り血で汚れてもなお追い打ちをやめない残虐性も、色目を使うなと憤慨するドスのきいた声も、まるでいつものナマエとは違うのだ。
もしやあれはナマエによく似た他人なのではないかと自分の目を疑ったが、ざわざわと騒ぎ出した周囲の声に顔をあげ、野次馬の中にグラディウスを見つけて微笑んだ顔はやはりナマエその人であった。



***



「ナマエはおれの『弟』だ。母親が死んでから頭がおかしくなっちまった」

そう言ってドフラミンゴはいつものように笑ったが、ぴりぴりとした空気は怒りを孕んでいた。過去のことを思い出しているのだろうか。グラディウスはあまり詳しく知らされていないものの、この偉大なボスにも凄惨な過去があったことはディアマンテやトレーボルといった古株の話や態度の端々から察知している。踏み込んでいいものか悪いものが決めあぐねて身動ぎをすると、ドフラミンゴはもう一度笑い声を上げて言葉を続けた。


ドンキホーテ家の二番目の子供として生まれたナマエは、今は亡き母親の顔立ちに酷似している。幼い頃から愛らしい顔でよく女児に間違えられ、母親も女の子が出来たらこんな服を着せたかったと女物の衣類を着せてよく二人で楽しそうに遊んでいたのを覚えている。一時期からそんな遊びもしなくなったが、家族の中で誰よりも母に懐き母と同じ時間を過ごし母の笑顔を間近に見て生きてきたナマエは、母の死に耐えられなかったのだろう。ドフラミンゴが少し目を離した隙に、彼は取り返しがつかなくなるほどおかしくなってしまっていた。

ドフラミンゴが家族の元に戻った時にはすでにもうひとりの弟もおらず、ナマエはサイズの合わない母の服を着ながら「おかえりなさいドフィ、どこへ行っていたの?」とまるで母のように口ぶりと仕草で迎えたのだ。
その頃からナマエの中でナマエという存在は母に成り代わっている。母が死に、家族が崩壊していく惨状を彼は自身を母に成り代わらせることで現実から目を背けようとしたのだろう。それが今でも続き、母譲りの美貌と母に似せた性格で聖母のような女性と見紛うほどの中性的な男に成長したのだ。

「厄介なのは『ナマエ』がまだ死んだわけじゃねェってことだ。自分を母親だと思い込みながら自分が『ナマエ』であることを自覚してる。母親の顔したあいつに恋でもしようもんなら、母親に手ェ出すんじゃねェって『ナマエ』が顔を出すのさ。自分が誰かもわかってねェ、かわいそうな奴だろう?」

フッフッフ!と一際大きな声で笑ったドフラミンゴは、哀れんでいるというよりもナマエをそんな風に追い詰めた過去の状況に苛立っているようだった。
ドフラミンゴがナマエに対して過保護なほど大事に扱っているのはファミリー全体が知っている。出掛ける時にはなるべく伴をつけさせ、年下でありながら年長者のような態度を容認し、それでいてファミリーにも彼を『彼女』として扱うよう徹底していた。もはやそうすることでしかナマエの心の安寧を保てないのだとドフラミンゴはわかっているのだ。それを理解するまで、どれだけ言葉をナマエと交わしたのだろうか。想像するだけで心臓のあたりが窮屈になり、息苦しさが増していく。

「…お前があいつをどう思うかは関係ねェ。今まで通りに過ごせ」

いいな?と念押しされる言葉に異議などない。笑いをおさめ、威圧するように静かな声で命令を下したドフラミンゴに、何も言えずに黙り込んだグラディウスはただ首を縦に振るしかなかった。




***


っていう頭のおかしくなったドンキホーテ家次男に恋したグラディウスの話。この一件後でも変わらず好意を寄せてる様子のグラディウスなら大丈夫だろうってことでお供を命じられて仲良くなったりたまに『ナマエ』に戻る時に献身的に寄り添って主人公の精神が『ナマエ』寄りに安定していくけど、その時期くらいにロシナンテが戻ってきておかしくなった小兄を見ておろおろしたり過保護になったり元に戻そうとしてずっと傍にいるようになったのをグラディウスがギリギリしながら遠くから見てる。
多分ローを連れ出す時に一緒に連れて行かれて、ロシナンテ処刑の時にはグラディウスに保護されて処刑の現場からは遠ざけられてロシナンテは海軍に所属してた裏切り者だったけど今後関わらないと約束することで許したから今頃遠くで暮らしてるだろうとか言われたけどなんとなくロシナンテがどうなったかは勘付いてるし勘付いてるからこそ再び精神が安定しなくなって滅多に『ナマエ』が出てこなくなる。


ってとこまで考えてこれ救いがねぇな…ってことで没になりました。グラディウス相手のはずだったのにものすごくロシナンテが出張りそう。


2018/06/22

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