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ふ、と、目が覚めた。
部屋の中は、暖かい光に包まれている。

「………。!やべェっ!」

がばりと、被っていた布団をはねのけて、銀時は起き上がった。
バタバタと居間に駆け込んで時計を見ると、すでに時刻は正午に近い。

「あら、やっと起きた」

ひょこりと顔を出して、おはようございますと声をかけたのはお妙だった。
規則正しい彼女はいつも通りの掃除と洗濯を済ませていたところなのだろう。洗濯籠を持っている。
その彼女の隣を走るように通り過ぎながら、はよ、と言って銀時は洗面所に飛び込んだ。

「お仕事ですか?」

同時に着替えもすませようとしている銀時を見ながら、お妙が呆れた顔をする。
昨日、と言えばいいのか、銀時が帰ってきたのはほぼ明け方のことだった。
酒を飲んでいたのではなく仕事で大分疲弊していたらしく、ばたりと倒れこんでいた男を、布団に引き摺って寝せたのはいつものことだけれど。

「今日は別件だけどな」

話しながら走り回る銀時に、お妙は着流しを渡す。
万事屋の仕事が普段から意外と不規則で忙しいと知ったのは、一緒に暮らし始めてからだ。

「ねぇ銀さん、お話があるんですけど。
はい、おにぎり。こっちがツナでこっちがすじこ」
「おぅ、悪ィ。
すぐ終わる話?今日も遅くなっから、急ぐなら今聞くけど」

あらかじめ用意していたらしいおにぎりを2つ、お妙が差し出した。
それを受け取りながら銀時は玄関に向かう。
依頼人との約束はあと十数分だ。
場所はそれほど遠くはない。

「じゃあ、一言」
「うん」

見送りも含めてパタパタとお妙が後ろから付いてくる。
それを聞きながら、銀時は玄関にしゃがみこんだ。
きちんと揃えられていたブーツを引き寄せる。


「できちゃったみたい」

「ふ〜ん。

……………何が?」


ちょうどブーツを履き終えたところで、一瞬の間を置いて銀時は振り向いた。
そこにいつも通り、にこりと美しく微笑む妻が立っている。

「決まってるでしょ、赤ちゃんよ。
あ、ほら銀さん、時間よ」
「あぁうん、赤ちゃんね………。……ハイ?」
「だから、時間。お仕事に遅れちゃいますよ」
「イヤイヤイヤ、今お前さらっと一言でとんでもないこと言わなかった?」
「はいはい、帰ってきてから聞きますから」
「じゃなくて!んな大事なこと……!」

悲鳴のように叫んで、銀時はお妙を凝視した。

そうだ、大事なことだ。

お妙は相変わらずの柔らかい笑みで立っている。
けれどいつもなら前で重ねられている両手が、その腹部に、そっと添えられていた。

「………マジ?」
「マジですよ」

ふふ、とお妙は笑った。
昨日の昼間に病院に行ってきたんです。と。

銀時は呆然として、
頭を抱えるように前髪をくしゃりと掻きあげ、
困惑の表情を見せた。

「え〜っと……待てよ?アレだよな、赤ちゃんて。
一応な、確認だよ?変な意味じゃなく。念のためっていうか……
……あの、それは、俺の……あ、うそうそ。すいません」
「よかったわね、それ以上言ったらその唇をねじ切るところよ」

すかさず延ばされたお妙の片手が、銀時の頬を鷲掴みにした。
しかしそれはすぐに、呆れた苦笑と共に離される。
顔を離れたお妙のその手が、ゆっくりと銀時の手を取り、
そのままそっと、新たな命が宿っているはずの部分に導いた。


「私と、あなたの子供よ」


触れたそこは、まだ鼓動など感じられないのだけれど。


「嬉しい?」


問われて、銀時は自分の中で困惑に邪魔されていた感情を発見した。

「!きゃっ!」

小さな悲鳴を上げて、お妙は唐突に引っ張られた。
抱き締められた、とすぐに気付く。
いつもなら頭の上にくる男の顔が、玄関の段差のために同じくらいの高さにあった。


「……うれしい」


子供のような、あどけない言葉だった。

彼が、家族に憧れていたことをお妙は知っている。
自分だってそうだけれど、それ以上に、彼が家族を持つことを夢のように思っているのだと、ずっと気付いていたのだ。
だから、絶対に喜んでくれるとは思っていたが。

「……銀さん、仕事」
「いや、なんかもう行きたくないんだけど」
「馬鹿言ってないでさっさと稼いでこいよ。

………ね、お父さん?」


ちゃんと養ってもらわないと。
言った言葉に、銀時はばっとお妙の肩をつかんで自分の身から離すと、やっぱり信じられないような顔をしていた。
そんな情けない顔をしていないでよ。
数ヵ月後には、あなたは父親としてこの子と対面するのよ。
強い、揺るぎない普段のあなたでいてもらわなくては困る。

「今日は、ご馳走作って待ってますから」
「や、せっかくめでたいんだから出前とれ。もしくは新八に作ってもら……あ、いいや、あいつはまだ。
じゃなくて……そうじゃなくて……」
「銀さん……?」

まだかなり混乱しているのか、男はふるふると首を振ると、


「ありがとう……」


そんな優しい声を、久しぶりに聞いた。
こつりと額をあわせてきた夫に、今度はお妙が目を丸めて驚く。


「うれしい……すげェうれしい。
……ありがとう」


てっきり、声を上げて喜んでくれるものと思って、うるさいと殴り付けるくらいの準備をしていたのに。
泣きそうに笑ったその顔を見たら、
優しく震えるその声を聞いたら、
お妙はただ素直に、込み上げてきた満面の笑みを返すしかなかった。

「ソッコーで終わらせてくっから、まだ産むなよ?」
「馬鹿ね……。行ってらっしゃい」


笑いかけると、銀時は名残惜しそうに手を離して走っていった。









「ただいま!」

元気な声が響いてきて、お妙は居間から顔を出した。
玄関を勢い良く開けて飛び込んできた小さい体を受けとめながら、

「お帰りなさい。
ほら、靴。ちゃんと並べなさい」
「はぁい」

投げ出された靴を視線でさしてみせると、まずいという顔をした少年はまた走っていく。
それを苦笑しながら、お妙は見ていた。

「まったく、お父さんに似ちゃって」
「え〜」
「おいこら、その、え〜はどういう意味ですか」

がらりと玄関の戸がまた開いて、入ってきたのは銀時だった。
いや、入ってきたのではない、帰ってきたのだ。
彼は靴を並べるためにしゃがみこんでいた子どもの頭に手を置くと、自分にそっくりなその天然パーマの髪をわしづかみして撫でた。

「ちったぁ父ちゃんを尊敬しろ」
「無理だよ、父ちゃんだもん」
「そうね、銀さんだものね」
「おいおい、心理的なドメスティックバイオレンス?家庭内暴力ですか」
「ほんとのことだもん!母ちゃん、お菓子食べていい!?」

言いながら、銀時の手から逃れて居間にかけこんでいく。
その姿を見ながら、銀時とお妙は顔を見合わせて苦笑した。
お帰りなさい、ただいま、と言葉を交わす。

「ちょっと感謝の念が足りないんじゃない?」
「そうねぇ……まぁいいじゃない」
「いいのかよ」

銀時はブーツを脱ぎながらため息を吐く。
いいじゃない、とお妙はもう一度繰り返した。

「言わなくても、そのうち分かるもの」
「……そうかな」
「そうよ」

微妙に不安げな顔をした銀時に、お妙は確信を持って頷いた。

きっと同じように自分の魂を貫く人間になると、
それは父親の姿を見ていれば分かることだ。


けれどいつか、あなたがどんなに望まれて、祝福されて生まれてきたかを教えてあげよう。


「あの時の銀さんの顔、写真に撮っておけば良かった」
「……止めてくんない、恥ずかしいから」


/その何よりも幸福な日々

end


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