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3年Z組の委員長は美人で優しい、仕事ができる、というのが他クラスからの評価。
委員長は怖い、というのはZ組の男子の満場一致評価だ。



「提出課題は?」

昼休み。
外でサッカーでもしようと教室を出ようとしたところで、彼女は微笑みながら立ちはだかった。

男子たちは一瞬のうちに目配せしあう。

「あ〜、あれってあれ?今日までだっけか、ヅラ」
「ヅラじゃない。究極のFMカツーラだ。
あれ?委員長、課題ってサッカー代表に関してのレポートですよね」
「そんな難解な課題を出された覚えはないわ〜。次の長谷川先生の課題よ。昼までに提出の」
「あれだよ、なんかサングラスとマヨネーズについて?」
「なに言ってんだィ土方コノヤロー。あれですよね姐さん。
最近の教師をどうやって追い詰めて登校拒否にするかってやつだ」
「そんなシビアな論文!?先生泣いちゃうよ!
いやいや、お妙さんの魅力についてですよね!!出来てますよ、原稿用紙400枚の超大作が!」
「ただのストーカー日記じゃねーか。今すぐ破棄しなさい」

課題の課すら思い出せない、むしろ聞いてない、知ったとしてもやる気ない。
そんな彼らを前に、妙は大きくため息を吐いた。

「あなたたちねぇ……」

Z組は、3学年の中でも落ちこぼれと言われている。
それが誰のためだと思っているのか。

「大丈夫です、委員長。坂田くんがみんなの分全部やるって言ってました」
「は!?ふざっけんなよ、ヅラ!!」
「そういや聞いた気がするわ、よろしくネ、坂田くん」
「さすがだなァ。後でうまい棒差し入れまさァ」
「いや、お妙さんが付き添ってくれるなら俺が、」


ドォォン!!

という音と共に、傍らの机が割れた。

一瞬、沈黙が流れて、銀時の背中に冷や汗がたれる。

いや、っていうか俺?俺だけ?

妙と目が合う。
にっこり、と、彼女は笑った。

「課題は読書感想文。提出は明日まで延ばしてもらいます。
……全員、死ぬ気で書いてこい」

「「「「「命に代えても」」」」」



だから、委員長っていうのはやっかいだ。

「……裏切り者」

結果、俺は1人で残って作文を書いている。
家に帰ったって書くわけがないし、他の奴らはさっさと済ませて帰ってしまった。
普段本など読まないのにこの課題はきつい。

「おっ、坂田くん、まだ残ってたの?頑張ってるね」
「マダオ先生こそ」
「あれ?そこは長谷川先生だよね?結構俺いま、生徒を気遣ういい先生だったよね?」
「気が散るんでさっさと帰ってもらえますか、マダオサングラス付き。略してマダサン」
「先生のせの字も無いんだけどォォ!?……明日から登校拒否しようかな、俺」

どうやら沖田の論文は俺が遂行するらしい。
というのは冗談だが、

「ウソウソ、先生にはいつも始末書書いてもらって感謝してるって、あんがとね」
「うん、感謝の言葉じゃないよね」

サングラスの奥で、その目は笑ったようだった。
そういうところが意外と気に入られているのだとは、自分で気付いてないらしい。

「まぁ先生はいいけどね、あんまり委員長に心配かけないようにね」

委員長?
委員長というのはあの志村妙のことだろうか。

怪訝な顔を向ければ、やはり先生は苦笑していた。

「君らが喧嘩しっぱなしなのを他の先生に注意されて、言い返してたよ。
彼女、大人しいと思ったらかなり言うんだね」

大人しい、なんて言葉も初めて聞いたが、
言い返すって何をと、
問おうとした時にはすでに彼の姿は消えていた。

何を言ったのかは知らないが。


「……お節介な女」





注意して聞いていれば、志村妙の周囲の評判は良すぎるほど良かった。
親切、頑張り屋、正義感が強い。

どこが、と思ったのも事実だが、

今度は注意して彼女の動向を見ていれば、それが事実でないことは明白だった。

「妙ちゃ〜ん、私、今日用事があって、委員会代わってくれない?」
「いいわよ、公子ちゃん、デートだものね」

それはただ頼みを断れないだけだろう。
デートじゃなくて逆ナンした男に遊ばれてるだけだと、何故言って止めてやらない?

「妙ちゃん、宿題見せて?昨日具合悪くて」
「はい、どうぞ」

オイオイ、そいつが昨日夜中までゲーセンで遊んでるのを見かけたぞ。
だいたいお前はどんだけ時間かけてやった宿題を人にただで見せてるんだ。

「委員長、これなんですけど……」
「ああ、いいわ、私がかけあっておくから」

そいつはただ上に掛け合う度胸がないだけのメガネだろ。
自分でなんとかさせろ。



そして何で誰も、あいつの顔色の悪さに気付かない?


なんて、言いたくても言えずにただ様子を見ているだけの俺も同罪か。

そんな彼女を、放課後のテラスの隅で見付けたのは偶然だった。

「……委員長?」
「あら、坂田くん」

彼女はその評判らしくもなく、ぺたりと座り込んでいた。
見つけたとき、ぐたりとしていた体が、声をかけた瞬間しゃきりと伸びる。

「ここ、実は穴場なのね」

人とかち合ったのは初めてだわ、と、笑う笑顔もどことなく疲れていた。

どうしていいか分からずに立っていると、
座ったら?
と笑われて、おずおずと彼女の隣に腰を下ろす。

「たまに来るの。実は放課後も残ったり。
見つかったら先生に怒られるかしら?」
「……チクらねぇから、安心しろよ」

珍しく親切心を見せたつもりだったのに。いやだからか。
妙は少し驚いた顔をすると、

「それはどうも」

と、やはり笑った。

それに、少し悲しくなる。

「………寝たら?」
「え?」
「疲れた、眠い、って……顔に出てる。少ししたら起こしてやっから」

俺に見破られるくらいなら、それはきっと相当なのだ。
彼女ははっとした顔をして、困ったように目を伏せた。

「……じゃあ……少し」

遠慮がちに言って、目を閉じる。
そこでやっと、ほっとした。

自分はここにいたほうがいいのか、いないほうがいいのか。
いやでも、起こすのだからいた方がいいだろうとか。
下らないことを考えていると、

「……喧嘩、最近しないのね。課題もちゃんと出てた」

目を閉じたままで、いつもより柔らかな彼女の声が語り掛けてきた。

それに戸惑いながら、自分が止めろ、やれと言ったんだろうと思う。
それにあんな話を聞かされたら、課題くらいやらなきゃ駄目だろうと。

「あ〜……お前こそ、優等生のくせに俺らかばったんだって?
成績落ちても知らないよ?」
「……平気。だって、ムカついたんだもの。人のクラスメイトをクズだ不良だって」
「事実だろ」
「間違いよ。我慢できなかった。
でも、慣れないことするとやっぱり疲れるのね」

傍らで目を閉じている彼女の顔色は、やはりかなり悪い。
けれど、表情はいつもより穏やかに見えた。

「頑張るのもいいけどよ、たまには人に寄り掛かったら?
お前一人抱えたくらいで倒れるほど、俺ァ弱くねぇよ」

喧嘩も強いしね?

その言葉に彼女は驚いたらしく、閉じていた目を開いてこちらを見た。

あぁ、せっかく休ませていたのに。

「いいから、寝とけ」

言えば、おかしそうに笑って、

「じゃあ、甘えちゃおうかしら」

こてりと、寄り掛かってきたものだから、今度はこちらが驚いてしまった。

いや、寄り掛かれとは言ったけれども。
ドギマギしてるこれはなんだ。あれこれラブコメだっけ?

「……本当はちょっと、辛かったの。八方美人、とか、言われたりして」

わずかに泣きそうな声をしていることにドキリとする。

重圧も、期待も、背負っているものが多くて、
都合よく使われているのも、きっと彼女は分かっていたのだろう。
だったらなんで、早く言わない。

「……俺たちは、お前は要領悪くて不器用で、頑張りすぎる短所だらけの委員長だって知ってるよ」

誉め言葉など一つもない。
けれど、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

「そうね」

だからまた、寄り掛からせてね、と。

こんな肩でいいならいつでも。
それが少しでも、彼女の支えになるならば。



「……そう言えば坂田くん、読書感想文ジャンプで書いたでしょ。書き直しですって」
「マジでか。改心の出来だったのに……」
「仕方ないから、手伝ってあげるわ」

その顔を見て、美人だという評判だけは認めなければならないと思った。


/委員長には逆らうな

end


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