小説 | ナノ



▼言わぬが花は通じない

 喧嘩した。それはもう、今まで生きてて経験したことの無いくらいの大喧嘩をした。
 「何でそんな事言うの!」
 「何で?俺は事実しか言ってねえだろうが」
 真正面からど正論突き詰められてぐうの音も出ない私に、千空は見たことのないくらい冷たい目を向けてくる。
 「テメーとこれ以上話すことは無え」
 出口はあちら、とでも言うように親指で自分の背後を指差す彼を、ひと睨みして駆け出した。
 「うわっ」
 去り際に誰かとぶつかったが、謝る間も無く走り去る。
 走って走って、とにかく走って。気がついたら目の前には水車があった。結構な距離があったはずなのに、ノンストップでここまで走り抜けることができるんだ。やるじゃん、私。
 しかし、普段しない全力疾走をしたせいで暫く何も出来そうにない。肩で呼吸をするような息苦しさに、思わず地べたに座り込む。
 吸って、吐いて、とゆっくり息を整えている私の耳には、自身の呼吸音と川のせせらぎ、あと回る水車の音が反響していた。
 普段は物作り班が楽しそうに色々動いている場所だけれど、ちょうど昼ごはんで出払ったんだろう。よく考えたら私もお腹が空いてきた。
 最後に長いため息を吐けば呼吸は元通りで、ぼんやりと回る水車を眺めてみる。
 この水車、クロムとカセキの科学の結晶は、実物を見たことが無いというのに見事に作り上げられている。
 「凄いなあ」
 他のみんなだって、それぞれ得意なことがあって、自分のできることをやって、この科学王国の一部になっているのだ。
 「私も役に立ちたいだけなんだけどな」
 誰に向かってでもなく呟いた言葉に、もちろん返事なんて帰ってこない。そもそもここには今誰もいない。
 「あれ?名前ちゃん?」
 誰もいない、はずだった。
 「銀狼?」
 どうしてここに?とお互いの顔が言っている。
 私が口を開くより早く、慌てる様に銀狼が捲し立ててきた。
 「えっと、僕はね、ご飯の後すぐ鍛錬だって金狼が言うからさ、ちょっとサボ…いやいや休憩も大事だなーって思って」
 なるほど。要はサボりらしい。
 でもバトルチームに口出しをする権利は私にはないので、とりあえず頷いておく。
 「私は…うーんと、何だろう。自分が不甲斐なくて?」
 喧嘩きっかけでここに来てしまったが、突き詰めて考えればつまりそういうことなのだ。
 私は、役に立たない私が嫌いだ。
 「私、戦えるわけじゃないし凄い器用ってわけでもないからさ、一応復活者なのにみんなに頼りっぱなしで駄目だなって」
 気づけば突然自分語りをしてしまっている。どうしよう、銀狼だってこんな話題返答に困るに決まっているのに。
 「?それ、そんなに悪いことなの?」
 「え?」
 なんだって?
 きょとん、とした顔は本気でそう思っているようで、私の方が首を傾げてしまう。
 「みんなに頼るって、別に良くない?僕はいつでも誰かに頼れるならそうするよ」
 痛いのも大変なのも嫌だし、と付け加える目の前の彼を思わず呆然と見つめてしまう。
 「あ、違うよ!僕だって全部任せるんじゃなくて、えっとその…なんだっけ、テキザイテキショ!ってやつ!」
 明らかに言い慣れてない言葉を無理矢理喋ったような発音だった。きっと金狼か誰かが言ってた言葉の受け売りだろう。
 でも、そうか。適材適所か。
 出来ないことばかり気にして凹むより、自分の出来ることを探してみれば、少しは己のことを認められるかもしれない。
 「そっか、うん。やってみよう」
 重かった腰を勢いよく跳ね上げ、砂利を払う。
 「銀狼ありがとう。元気でた」
 「???そ、そう?僕のおかげかな?」
 私の言葉に、にやにやと調子に乗りそうな表情の彼の手首を強めに掴んだ。
 「え?え?急にそんな」
 「何が?鍛錬の時間なんでしょ?サボりは良くないよね」
 まず私に出来ること。抜け出した銀狼をバトルチームに連れて行く。
 何故か薄らと頬を染めた銀狼は、私の言葉を聞いてすぐに青褪める。
 嫌だ嫌だと言いながら、私の腕を振り払わない銀狼を半ば引きずるようにして歩き出した。



 「びっくりしたあ…今の名前ちゃん?どしたの急に」
 名前とぶつかったゲンは目を丸くして千空に声をかける。
 千空はと言うと長いため息を吐いた後、何事も無かったようにゲンに手を差し出した。
 「あ゙ー、何でもねえ。出来たやつ寄越せ」
 「いやいやいや!絶対何かあったよね!?………俺追いかけようか?」
 仲違いならメンタリストの出番だろう、と名乗り出たが、千空の反応は芳しくない。
 「ほっとけ」
 ゲンの手から奪うように物を取り、作業を進め始めた彼からは、心配の色が全く見えない。
 「名前ちゃんちょっと泣いてたけど」
 いくら何でもその言い方は心なさ過ぎるのでは、と言外に伝えるも、返ってきたのはいいんだよ、の言葉のみであった。
 「暫くしたら落ち着いて帰ってくる」
 一見冷たい発言だが、そこには絶対的な信頼が宿っている。彼女なら、自分で折り合いをつけてまたここに戻ってくると、そう思っているんだろう。
 昔からの友達だと言っていたから、石化後出会った者が横槍を入れるのは少々憚られるが、と一巡する。
 「そんなヤワじゃねえ」
 「なるほどねえ。まあ、俺から言えるのは、人間に絶対は無いんだよって事かな」
 それでもやっぱり、女の子泣かせるのは良くないので、ちくりとひと針刺しておく。
 「は?」
 「科学と違ってね。心はすぐ揺れ動いちゃうから。事実の羅列は大事だけども、偶には気持ちも伝えないと」
 何言ってんだこいつ、と今すぐ口から出てきそうな顔で見つめられた。
 「何言ってんだテメー」
 いやもうそのまま言ってきた。
 「そばに居るってだけで安心してたらどっかの誰かに攫われちゃうよって話」
 ふと外を見ると、名前が戻ってきている。
 なるほど確かに、先程までの瞳に涙を溜めた状態とは違い、晴々とした笑顔を振りまいている。概ね千空の予想通りと言えるだろう。
 その手が銀狼の手首を掴んでいる点を除けば。
 「あ゙?」
 眉間に深く皺を寄せる千空に、ほらねと肩をすくめる。
 「鳶は意外と近くにいるかもねえ」
 こちらを向いて一層笑顔になる彼女に限ってそんな事無いのは丸わかりだが、生憎隣の男は名前の手元しか見ていない。
 「あ゙ー、ゲン。テメーの言いてえ事は分かった」
 これだから非合理的な感情は嫌なんだ、と自分の気持ちを本当に厄介なものとして扱う千空に苦笑が漏れる。
 「そう?なら良かった」
喧嘩の理由は分からないが、大方名前が役に立ちたくて無茶な提案をして千空はにべも無く却下した、とかそんな所だろう。
 「名前!」
 名前を呼ばれた彼女がここまで来るのに、あと数秒。邪魔者は消えておくとしよう。

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