小説 | ナノ



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 「杠に、告白しようと思うんだ」
 「…………お、おお、急だね」
 私が親に頼まれた買い物を済ませて帰路についていると、何やら決意を固めたような顔をして歩いている大樹を見つけてつい声をかけてしまった。
 河川敷にお互い雑に座って話を聞くと、なんとまあ、意外な台詞が飛び出してきたもんだ。
 「今まで俺は、関係が壊れるのが怖かった」
 「…………うん、分かるよ」
 だって、私も同じ気持ちで彼に想いを伝えられていないのだから。5年間口に出来なかったと悔しそうに呟く大樹の言葉が私の胸に突き刺さる。
 そんなこと言われたら、私は一体何年このままの関係に留まっているつもりなんだろう。
 とにかく離れたくないと必死に勉強した数学も、側に居れるからと提供した労働力も、言葉1つで壊れてしまうと知っているから、私はここから動けない。
 「だが、もう決めた!」
 しっかりと前を見据える大樹が羨ましい。
 正直、側から見ていると両想いなのは丸わかりなのでさっさと告白して付き合ってしまえ、と心の中で野次を飛ばした。
 「いつ言うの?」
 「明日だ!」
 「あした!?」
 決断から行動までが鬼のように早い。たしかに言うと決めてからうだうだタイミングを見計らうよりは精神衛生上良いのかもしれないが、5年燻ってたとは思えないくらいの早さだ。
 「明日千空にも決意表明をしてから告白するつもりだ」
 「へ、へえ…」
 なんかもう相槌しか打てない。
 でもそうか、彼は伝えるのか。
 「怖くないの?」
 「怖いさ」
 真っ直ぐ遠くを見つめる大樹の瞳には夕日がキラキラと反射して、人の眼ってこんなに輝く物なんだな、と変に冷静に観察してしまう。
 「応援してるよ」
 「ありがとう!やっぱり名前は良いやつだな!」
 私もなんかが応援しなくても成功するけどね、と口には出さないで付け加えておく。


 次の日、科学室。
 「名前、テメー何そわそわしてんだ?」
 「し、してないしてない」
 いつ大樹が千空に言いに来るか今日1日気が気じゃ無かった。なんで私がこんなに精神すり減らさなきゃいけないんだ。
 千空には否定するように両手を左右に振っておいたが、視線が扉の方を行ったり来たりしてしまうので、とても怪訝な顔をされた。
 「ま、どーでもいいけどよ。そこにあるフラスコ触るんじゃねーぞ」
 「わかった」
 「聞いてくれ千空!」
 私が返事をするのと同時に、元気な声が飛び込んで来る。

 「あれガソリンだったんだ」
 「ククク、惚れさせ薬なんざ俺が作る訳ねーだろ」
 いや何か研究の副産物で作れてしまったとか、ありえない話じゃ無い。一瞬信じ掛けた自分を殴りたい気分だ。
 騒ぎを聞いていた生徒たちがパラパラと校庭に目を向けている中、千空はそ知らぬ顔で飲み物を買っている。
 「フルパワーでフラれるに100円」
 「フラれるに500円」
 「フラれるに1000円」
 酷い言われようだった。
 「ちょっと…」
 「意外とフラれねえに一万円」
 「「「マジか!?」」」
 反論しようとした私を遮るように千空が賭け金を申し出た。高値を切り出した千空に生徒達が驚いている。
 マジかもなにも、今まで2人を見てきて逆に付き合ってないのが不思議なくらいだと言うのを彼らは分かってないんだ。
 これで2人は晴れて恋人同士になる訳で。
 「いいなあ」
 思わず漏れた本音は誰にも聞き返されることは無かった。何故なら。
 「なにあれ…」
 「あ゙?」
 彼方から見える光によって、誰も彼もが物言わぬ石になってしまったので。

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