小説 | ナノ



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 ざあざあと止めどなく降り注ぐ雨の音を聞きながら下駄箱に行くと、見覚えのある巨体がぽつねんと立っていた。
 「あれ、大樹ひとり?千空と杠は?」
 「おお、名前。千空は科学室の置き傘を取りに行ったところだ。杠は今日風邪で休みだと聞いているぞ」
 私が声をかけると、大樹はなんて事ないように振り向いて質問に答えてくれる。
 なるほど、どうりで杠の事を日中も姿を見かけなかった訳だ。クラスが違うと中々会えないから休みには気付きにくい。
 「大樹も傘持ってなくない?」
 「うむ!俺は持ってきたはずなんだがな!見つからん!」
 ははは!と大きな声で笑う大樹は自分の物が取られたであろう事を分かっているんだろうか。
 「笑ってんじゃねぇよ、デカブツ。テメーこの雨の中そのまま帰ったら流石に風邪引くぞ」
 私の心の中をそのまま声に出したような台詞が聞こえ、振り返ると案の定呆れたように口を曲げる千空がいた。
 「私の傘入る?折り畳みだからそんな大きくないけど」
 そう言ってカバンに入れっぱなしにしていたコンパクトさが売りの折り畳み傘を取り出したが、どう見ても大樹と2人で入るには小さい。
 2人の肩がびしょ濡れになるのが入る前から想定できてしまった。
 「いやごめん、無理っぽいね」
 「気にするな!俺はデカイからな」
 そもそもこの体躯で、誰かと2人一緒に傘に入るという行為が難しいのかもしれない。
 「あ゙ー、しゃーねーから名前はそいつに傘貸してやれ」
 「え?別にいいけど私は?」
 貸すの自体は構わないが、流石に自分も濡れなくない。ちらりと見上げると大樹も困っているようだ。
 「名前を濡らすくらいなら俺が走って帰るぞ!」
 「テメーが傘1つ使って俺らがこっち2人で使えばいいだろうが。俺が何持ってると思ってんだ」
 ひょい、と千空が片手を上げると真っ黒な傘が視界に飛び込んでくる。
 見るからにしっかりした大きめの傘に、私と大樹はなるほどと頷いた。
 「合理的だね」
 「流石千空だな!」
 「こんなん考えるまでもねえ。さっさと行くぞ」
 言われるままに大樹に傘を渡して千空に近づく。
 広げた傘は私たち2人を過不足なく覆ってくれた。
 いつもより近い距離で肩を並べて帰れるなんて、大樹の傘を持っていった人に少しだけ感謝してしまう自分がいる。そんな自分を誤魔化すように前を見ると、私の傘をしっかり持っている大樹が目に入ってきた。
 「大樹にあの傘は可愛すぎる」
 「ククク、たしかに」
 楽しそうに笑う千空の声は、激しく打ち付ける雨音にも負けないくらい私の耳に響いてきた。

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