小説 | ナノ



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 外の灼熱地獄から逃げ帰ってきた部室で、文明の利器を使おうとリモコンに手を伸ばす。
 悲しいかな、冷風が送られるはずのそれは沈黙を貫いている。
 私が何度スイッチを押しても送風箇所が開くことはなく、じわじわと熱が纏わり付いてきた。
 「あっついね…」
 「あ゙ー、冷房壊れてやがんな」
 そう言うや否やクーラーを解体しようと脚立を持ってくる男子高校生ってどれくらい居るんだろう。少なくとも私は1人しか知らない。
 「出来そう?」
 「壊れた原因分かればいける」
 そっか、と頷いて私は大人しく座り直す。
 ならばそれは確実に修理可能と同義である。私は安心して千空の作業を眺める事にした。
 「はーん、なるほど。それならここを弄れば」
 独り言をボソボソと言いながら淀みなく動いていく手をぼんやりと目で追う。
 散々苦労して勉強した甲斐あってか、受験は見事に成功し、現在はなんやかんやあって千空の科学部乗っ取り後も助手をすることになった。
 以前約束した対価としての労働力の提供だが、キラキラした瞳で実験を行う千空を間近で見られるという特典付きだ。実質無料。
 そんな風にどうでもいい事を考えていると、ものの数分で修理が完了したようで、そよそよと涼しい風が私の身体を通り過ぎていく。
 「さすが千空」
 暑さに脱力した手のひらで力無く拍手を送れば、彼は何てことないみたいに鼻で笑った。
 「そんな千空にはコーラをプレゼントします」
 「おー、おありがてえ」
 私がさっき買ったばかりのコーラを差し出せば、彼はすぐさま蓋を開けて口に含む。
 勢いよく上下する喉仏に、何故だか視線が奪われた。
 「…………あ゙?何見てんだよ」
 「いや、面白いくらい動くなって」
 それ、と言いながら自宅の喉元をさする。こればっかりは男女差と言うもので、私の喉はなんの引っかかりもなく指が通過する。
 「そりゃそうだろ」
 何言ってんだこいつ、とでも言いたそうな視線を投げつけられ、意味もなくへらりと笑った。
 「だよね」
 「とりあえず今日はこれやったら帰んぞ」
 ビシッと指を指す先には部品の山。とりあえず、なんて言葉で済ませるには量が多いが、2人なら日が暮れる前には終わるだろう。
 「了解です」
 早速取り掛かろうと腕まくりをしようとした私の腕を、千空が掴んだ。
 「忘れてた。これやる」
 掴まれた腕にぱさりと白い布が掛けられる。
 布を持って広げてみると、どう見ても白衣だった。
 「ククク、正式に科学部が乗っ取れたんだ。これからもっと危ねー薬品とかも使うからな」
 新品の真っ新な白衣と、千空の顔を何度も往復する私に意地の悪い笑顔を向けてくる。
 「これから3年間、テメーは科学部員だ」
 恐らく自腹で用意したであろうその白い布は、私にはどんな高級品よりもきらきら輝いて見えた。

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