小説 | ナノ



▼優しいライオン□(司)

 「……………」
 「あのー、司さーん?」
 珍しく突然私の家に来た司は、ふらふらした足取りでソファに座る私の目の前に立ち止まった。
 この男、なんせでかい。身長はもちろんの事、鍛え抜かれた肉体の圧が強すぎて実際の身体より一回りくらい大きな雰囲気を醸し出している。
 そんな男が平均身長ほどの座ってる女の目の前に立つとどうなるか、私の首が痛くなるほど見上げなければならないのである。
 恐る恐る声をかけるも返答が無く、困惑している間に司はゆらりと身体を動かして隣に座ってきた。しかもそのままこちらに身体を倒してくる。
 「うわっ…ちょ、ちょっと待って」
 支えきれずに自分も辺に傾いてしまい、なんとか堪えるも脇腹が悲鳴を上げてきた。
 「や、ほんと待って司。たおれ…」
 限界は意外と早かった。
 私の脇腹はよく耐えてくれましたよ、ええ。なんて1人心の中で記者会見を行なっている場合では無い。
 共倒れとなったソファの上で、司が漸く口を開いた。
 「………すまない」
 「うん、まあ、いいけど」
 普段は見上げる程の身長差があるけれど、こうなってしまえば関係ない。至近距離で申し訳なさそうに眉を下げる男に、怒るわけにもいかず許してしまうのは私が甘いのだろうか。
 「一回ちゃんと座ろう」
 こちらが出来るだけ優しく声をかけると、彼は大人しく体を起こす。
 本来とても穏やかで優しい人である司が今身を置いている環境は、彼にとっての負荷が計り知れない。
 1人で戦って独りで背負い込もうとする背中に、何度声を掛けたかももう数え切れないほどだ。
 今の行動は中々急だったけれど、彼なりに甘えているのだと受け取っておくことにしよう。
 「司はさ、とってもとっても頑張ってるから、今日の残りの時間はゆっくりしようか」
 「うん………ありがとう」
 背中をさするように撫でれば、テレビで見る研ぎ澄ましたような鋭い視線がまろやかに緩む。
 さて、ゆっくりと言ってもそろそろ月が登ってきそうな時間帯だ。何をしてあげるのが1番良いだろうか。
 まずはホットミルクでも入れようか、と席を立とうとした瞬間、腕を軽く引かれてソファへ逆戻りしてしまった。
 「今は、ここにいて欲しい」
 「そっか、じゃあ…こうしよう」
 そう言って司を抱きしめるように両手を伸ばす。
 生憎腕を回しきることは出来ないので、途中で止まった手は宥めるように一定のリズムで背中を軽く叩いた。
 「何だっけ、抱きしめるとストレスが軽減されるってやつ」
 「ああ、そういえばこの間出た番組でやってたね」
 賛同するように、司も私の身体にそっと腕を添えてくるが、全く力が入っていないのでただ包まれているだけのように感じる。
 しかし安心感が尋常ではない。絶対的な安全を保障されている気分になってきた。
 「どうかな?軽減されてる?」
 「うん………そうだね」
 後もう少し、と言いながらちょっとだけ込められた力に応えるように、私は再度彼の背中を叩いた。

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