小説 | ナノ



▼残念、回り込まれた!□(スタンリー)

 「あの、通して頂けないでしょうか」
 「ダメ」
 「だっ、駄目!?」
 すらりと長い手足を持て余す事なく指先まで美しい所作は、ずっと眺めていたくなるように魅力的だ。それが、己の進行方向を阻害していなければ、の話だが。
 私の進路を塞ぐ様に肩を壁に預けている白皙の青年、スタンリーが不敵に笑った。
 「アンタ相変わらず可愛いね」
 「ぐぉ…アリガトゴザイマス…」
 私の人生で出会った人の中でも突出して顔の良い男からの言葉に、思わず言葉が詰まってしまう。
 純日本人の私にとって海外のリップサービスは心臓に悪い。
 ただでさえこんなに顔の良い男性と喋る事なんて稀なのに、彼はいつも口を開けばこの調子なので毎回対応に困ってしまう。
 スタンリーは息をするのと同じ感覚なのかもしれないが、己の言葉の威力と顔面の良さをもっと自覚してほしい。目の前の私が突然心停止したらどうしてくれるんだ。
 未だに避けてくれる気配のない、というか段々と近づいてくるイケメンを眼前にして思わず数歩後ずさる。
 「なんで逃げんの?」
 「すみません」
 途端に悲しそうに眉を下げる姿を見て、私は反射的に謝罪して元の位置に戻ってしまう。
 というか、後ろに下がっている場合では無いのだった。自分は彼の背後にある扉の奥に用事があるのだから。
 「えっと、私はゼノに話があって来てるんですけど」
 「知ってんよ。ゼノから聞いた」
 知ってるならそこを通してくれよ。などとは小心者の私が言える訳が無く、そうなんですか、なんて曖昧に微笑む事しか出来ない。私はあまりにも無力である。
 「でも生憎ゼノはお偉いさんと通話中だ。あと1時間はかかるってよ」
 「え!?そんな…」
 せっかく仕事を中断して来たというのに、目的の人は相変わらず多忙らしい。
 でも、おかしいな。そもそも私はその人に呼ばれた筈なんだけど。
 私が疑問に思ってるのが顔に出ているのか、スタンリーは美しい口元を綺麗に上げながらこちらの肩に手を乗せてくる。
 「緊急らしい。アンタにせっかく来たのに悪いって伝えて欲しいって」
 「ああ、なるほど。………って、じゃあスタンリーさんに通してもらっても会えないって事じゃないですか」
 頑として避けなかったのはその所為か。さっきのやりとりは全く無駄だった訳だ。
 「そっか、でも1時間だと引き返すのも勿体無いし、どうしようかな」
 「じゃあ俺に付き合ってくんね?」
 自分の研究室に引き返してもすぐこちらに来ることになってしまうし、ここら辺の施設は馴染み無いしでどうしようか悩んでいると、ふと手を掴まれた。
 「暇になったんだろ?」
 「いや、まあ………うぉ!?」
 掴まれていただけだったはずの手にするりとした感触がしたと思ったら、次の瞬間には指を絡められていて危うく口から内臓がまろび出そうになる。
 こちらの反応は確実に耳に入った様だが、横目で確認されるだけに終わった。
 「甘い物食べれるよな?」
 「あ、甘い物?ええ、食べれますけど…いや待って待って!」
 話しながらも彼はすたすたと進んで行ってしまい、繋がった手のおかげで私もついて行かざるを得なくなってしまう。
 やばい。何この状況。
 お願いだから早く通話を終えてくれ、なんて今は見えぬ呼び出し主に心の声を伝える術は無い。

 「はいこれ」
 「はい?」
 結論から言うと、めちゃくちゃ美味しいカフェに連れてこられて大満足だった。
 ほくほくと食後のコーヒーを飲んでいると、とん、テーブルに軽い音が乗せられる。スタンリー形の良い、しかし鍛えられているのが一目で分かる掌から現れたのは、小さな箱だった。
 片手に収まるサイズのそれに思わず首を傾げると、目の前にいる彼の口角が計算高そうに微笑んでいる。
 「プレゼント」
 「え?私に?何でですか?」
 疑問符が頭の上から飛び出しているのが自分でも分かるくらいの声音でスタンリーの方を見たが、目を合わせても真意が読めない。
 今日が何か特別な日かと記憶を辿るもそんなことは無く、それどころか彼から物を貰う理由が全く見当たらない。
 彼は私の仕事仲間の幼馴染で、今日の食事だってたまたまゼノの予定が狂ったから起こった出来事だ。
 未だに困惑している私に向かって、スタンリーが静かに言葉を落としてくる。
 「言葉だけだとあんま伝わってないみたいだからね。俺からの宣戦布告」
 「せんせんふこく」
 物騒すぎるワードが飛び出してきた。
 そもそもその前の台詞も私にとっては意味不明だし、もしかして誰かと勘違いしてるのでは、と一瞬思ったが彼の射抜く様な視線にそんな思考は弾け飛ぶ。
 ひとまず、自分宛てだというそれを恭しく受け取ってテーブルに頭を打ち付けないギリギリまでお辞儀をした。
 「ありがとうございます」
 私の下げた頭が中々戻らないのが面白かったのか、スタンリーが小さく笑った声が聞こえた。
 「受け取ったね」
 そう言いながら彼が立ちあがる気配を感じて、私も漸く顔を上げた。
 「今日俺がここにいるのも、名前がゼノに呼ばれたのも、そのゼノが通話中なのも偶然じゃないって言ったらどうする?」
 「はい?」
 何を言っているんだ?それが全部偶然でないとしたら何だ、誰かが仕組んだと、そういうことだろうか。
 にやりと意地の悪そうに微笑む男に、ぽかんと口を開けることしかできない。
 「答え合わせは今度会った時まで。それまで目一杯俺の事考えててよ」
 時間だ、と言って手を振るスタンリーにこちらはぼんやりと手を上げ、静かに去っていく後ろ姿を眺めていた。
 「…………とりあえず、ゼノのところに行こう」
 ふと腕時計を見ると、確かにそろそろ1時間というところ。
 とにかく私は仕事の話をしにきたのだ。
 頂いた箱を丁寧に鞄にしまって、来た道を辿っていく。
 何やらどくどくと激しく脈打つ心臓には、まだ気づいていないふりをした。

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