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▼まどろむ午前3時

 眠れない。
 星と月の明かりだけが煌々と瞬いている中、私は1人寝床から這い出した。
 一体今は何時なんだろう、と辺りを見回してはっと思い出す。
 ここ、ストーンワールドに時計なんて無いのだ。
 月が真上から少しずれているということは午前0時を過ぎた頃だろう。さっさと寝ないといけないのに、目は冴えるばかりだ。
 「ちょっと歩くか」
 戻って無理矢理目を瞑っていても良いけれど、何となく歩き出す私に付いてくる人は誰もいない。まあ、みんな寝てるから当たり前だ。
 「きれいだなあ」
 歩きながら上を見上げると、一面に星空が広がっている。昔見た夜空はもっと闇が深かった気がするのは、やはり電灯の有無が大きいんだろうか。
 さて、あまり遠くに行って獣に出くわしても困るし、どうしようか。
 「名前、こんな時間に何してんだテメーは」
 「うわっ!」
 完全に1人きりだと思っていた矢先、背後から声がして勢いよくつんのめってしまった。
 「びっくりした…え?千空?」
 「おー」
 ククク、と喉の奥で鳴るような笑い声は、正しく千空だ。
 「なんでこんな時間に起きてるの?寝なよ」
 「そのセリフ丸ごとお返しするわ。テメーこそ寝ろ」
 千空は昼夜問わず働き詰めで、誰の目から見ても大変なのだ。睡眠は大事だと説こうと口を開いたけれど、見事に言い返されてそっと閉口する。
 特大ブーメランってやつだ。
 「なんかね、寝れなくて」
 「そうか、じゃあ来い」
 言うや否や手首を掴まれてと歩き出した。あまりにも素早い行動に、私の返答は想定内だったのだとわかる。
 「え?今から作業?」
 「寝れねーってんなら働いてもらおうか」
 「鬼じゃん」
 「そこら辺ふらふら歩き回るの放置するよか100億倍お優しいだろうが」
 登れ、と言われて目の前を見上げると、展望台がその存在を知らしめるように夜空を遮っていた。
 「どうせ寝ろって追い返しても起きてまたどっか行くつもりだろ」
 「いや、まあ、はい」
 そもそも眠れないから出てきた訳で、私だって寝る気があるならお布団にいたい。
 「望遠鏡覗いて、1番光ってる星探せ」
 「はーい」
 1人で散歩するよりも千空と作業してる方が確かに楽しい。余計な事を考えなくても済むし。
 1番1番、と独り言を言いながら望遠鏡を動かし、空を覗き込む。
 お互い声を発することを止め、暫し水を打ったような静寂が広がる。
 誰も居なくなってしまったような、世界で自分が1人かと錯覚してしまうほどの無音が少し怖い。
 ふと、千空が最初に目覚めた時の事を想った。
 彼は今の私みたいな紛い物の孤独では無く、本当に唯1人の石化復活者として過ごしていた期間がある。
 彼のことだから寂しいなんて感じる暇もなく行動を起こしていたのかもしれないけれど、今日、この瞬間の己のように急に孤独感に苛まれたっておかしくない。
 くるりと千空に向き直ると、彼が柔らかく笑う気配がした。
 「見つかったか?」
 きっとこの作業に何の生産性も無いんだろう。流石の私でも分かる、千空風に言うならば非合理的な行動だ。
 それでも、普段聞かないような優しさを内包するような声色で尋ねられてしまえば、指摘するなんて無粋なことは出来ない。
 「もうちょっと」

 目が覚めて、急に世界に1人きりになったような気がした。復活者の大半は何かしらの能力が認められた人たちで、その中で私は全てが平均と言って差し支えない。
 この先、ペルセウス号に乗ることも無いだろう。
 それだけで、私の脆い足元はぐらついてしまうのだ。
 みんなに置いていかれてしまって寂しいなんて、真剣に人類復活を目指している千空に言えやしない。
 それでも、今は合理的で論理的なこの科学者の、遠回しな気遣いに甘えてしまおう。

 「言っとくが、今生の別れじゃねーんだ。明日からはその面もっとマシにしとけ」
 「………うん、それでこそ千空って感じ」
 まあ、やはり彼はどこまでいっても石神千空なのだ。
 「とりあえず、今日は眠くなるまで天体観測ってことで。千空先生の星座解説があると捗るなあ」
 「2人で望遠鏡覗けるかよ」
 なんて言いながらも近づいてくる優しい彼と、気づいたらお互いを支えるように眠ってしまい、朝来たクロムによる驚きの声で目が覚めることになるのだけれど、それはまた別のお話。

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