小説 | ナノ



▼メルヘン撲滅運動

 幼い頃、私はきらきらしたものが大好きだった。
 食玩のネックレスや大玉ビーズを連ねた腕輪、くるくると模様を変える万華鏡にスパンコールを散りばめたスカートで部屋が溢れている、そんな子どもだった。
 そして更に思考も煌めいていた様で、当時は本気で王子様が自分を迎えに来てくれると夜の星空を眺めては、期待に胸を膨らませていたのである。
 ただ、歳を重ねる毎に突きつけられる現実たちに私のメルヘンは叩きのめされ、ぺらぺらの紙切れになって吹き飛んでしまったのだ。
 私は、出れて精々村人Aの脇役でしかない。


 「で、今度は何だ」
 ガチャガチャとよく分からない機材を弄りながらこちらを見もせずに声を掛けてくる男に、パフォーマンスの体育座りなんて意味が無かった。すぐ体制を崩して楽な格好に切り替える。
 この男相手に気遣いを期待するだけ無駄だと言うことは分かっていたけれど、これは気持ちの問題である。それを言えば彼は鼻で笑うんだろうけれども。
 「千空はさ、主人公でしょ?」
 「は?」
 私の意味不明な発言に呆れ返った様な声を出しながら振り返るこの男は、科学大好き石神千空さまだ。
 宇宙に行くために自らの全てを使って努力をする彼は、私からするときらきらの主人公なのだ。
 それをそのまま伝えると、千空は苦い物を吐き出す様な仕草をする。
 「出・た・よきらきら」
 全く理解不能とでも言う様な声色を出しながらまた作業に戻ってしまった。どうやら会話はもう終わりらしい。
 それでもここから立ち退く気にはなれず、千空の後ろ姿を眺めることにした。

 昔から熱心に行なっている実験を、後ろからぼんやり見るようになったのはいつからだったか、もう覚えていない。
 時折仕組みや素材を説明してくれるが、どうも私にはさっぱりで、それでも千空が楽しそうに話しているのが好きだ。
 まあ、私のきらきらメルヘン思考を片っ端から叩き壊してきた張本人だけども。
 千空の話はいつも理路整然としていて、合理的で、そして現実的だ。
 アクセサリーはメッキだし、ビーズも万華鏡もプラスチックの集まりで、スパンコールのスカートは色んな所に引っかかって最後は破れた。
 それでも、千空の話は面白かった。
 王子様では無いけれど、私の世界を広げてくれたのは確実に目の前にいる彼で、彼を取り巻く環境は未だにきらきらと私の脳裏に瞬くのである。
 そもそもこのストーンワールドにおいて今唯一の希望と言っていい千空に、主人公以外の言葉が見つからない。
 正直こんな状況で王子様だとかきらきらなどと言う発言は、彼からすると非生産的で非合理的なのだろう。自分でもそう思う。
 出かかったため息を無理やり飲み込むと、胸がずくんと痛くなってきた。何故か目の奥からじわじわと何かが迫り上がってくる感覚もしてくる。
 口からため息が、目からは涙が出ないように歯を食いしばろうとした瞬間、淀みなく動いていた手が止まった。
 「誰かに何か言われたか?」
 かと思えば真っ直ぐな赤い目に貫かれて、全てが引っ込む。
「ちがう」
 ここにいる人は、少なくとも私にとって良い人たちばかりである。私が復活する前には色々あったらしいが、それは深く詮索しないことにしていた。
 「千空はさ、どうして私を復活させたの?」
 大樹のように体力がある訳でもなく、杠のように器用でも無い。例えるならば村人Aの私を、だ。
 周りのみんなを見れば見るほど劣等感に苛まれる私を、どうしてこんなに早く復活させたのか全く分からない。
 千空の言葉を借りるならば非合理的だと思った。
 「あ゙ー…めんどくせえ」
 「いやせめてもっと聞こえないように言ってよ」
 面倒くさいのは自分が1番分かっているので、彼の反応は大したダメージにならない。
 また作業台に向き直った千空の顔はこちらからは見えなくなった。
 「言いてえことは分かったからとりあえず作業戻れ。話は夜だ」
 「え?」
 「作業ほっぽり出して来てんだろ。ちゃんと終わらせてから来い」
 「あ、はい、わかりました」
 思わず敬語になってしまったが、予想外にも千空はこの話を続けてくれるらしい。
 そんな事考えてる暇あったら働け、くらい言われると思っていたので驚きである。
 ぼんやりしている私に、さっさと行けとでも言うように手を払う彼を見て、やっと身体が動き出す。



 日が沈むと、この世界は星と月が支配する。
 今は千空が作った電気で最初の頃よりは明るいらしいが、私の以前までの生活を考えると空の輝きが違う。
 昔の私だったら流れ星でも探していただろう満天の星空を眺めつつ歩くと、すぐに1番明るい所に着いた。
 「お疲れ様」
 「あ゙ぁ」
 作業場には千空しかいない。先程来た時より増えている図面らしき物と薬品に触れないように近づいた。
 「テメーは昔から言うことやる事非合理的だ」
 「急に悪口じゃん」
 わざわざ出直したというのに、この仕打ち。流石の私でも傷つくんだが。
 「雲は水蒸気と塵の集まりで綿あめじゃねえし、うちわで空は飛べねえ」
 「待って!いつの話してんの!?」
 私でも今まで忘れていたような昔の会話が急に蘇ってきて、顔から火が出そうなくらい熱い。
 「ただ」
 せめて少し冷まそうと掌を頬に当てていると、ころん、と目の前に何かが転がってきた。
 「どんな話でも真剣に聴く、誰にでも愛想が良い、あと」
 転がってきた物体を確認する前に千空が指折り数え出すので思考が右往左往する。
 「俺の作業効率が上がる」
 「……………ん?」
 どういうこと?
 恐らく思っていることがそのまま顔に出てるであろう私に、千空は喉の奥で出したような笑い声を溢しながら机を指先で叩いた。
 「竹筒?」
 どこからどう見ても竹。見まごうこと無き竹。
 しかし、よく見ると小さな穴が空いていた。
 まさか、そんな筈は、だなんて勝手に口が動いていくのを、彼はどんな表情で見ていたんだろう。手元に集中していた私には分からなかったけど、いつもより和らいだ声がきっと答えだ。
 「誰に劣ってようが関係ねえ。テメーが言う"主人公"の俺が選んだんだ」
 小さな穴の反対側からカチャリと細やかな音がする。きっと、色の付いた欠片が重なり合っているんだろう。
 いつも忙しそうなのにいつ作ったの、昔のどうでもいい会話よく覚えてたね、なんて言いたいことは色々あった。あったけど。
 「嬉しいなあ」
 揺らぎなく届く言葉に、胸の内の黒い塊が溶けていくように感じる。
 「私、ちょっとは役に立ってるんだ」
 「唯一無二の仕事だからな。責任持って取り組め」
 揶揄うような口調で添えられたそれも、今の自分には喜ばしいことでしかない。
 「それは復活した甲斐があるね」
 どんどん上がっていく口角に反して目尻が下がっていく。
 分かったんなら早く寝ろ、なんて憎まれ口を叩かれるくらいじゃ、表情は戻せないのだ。

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