小説 | ナノ



▼空までひとっ飛び

 黙々、と言う擬音がぴったり合うような気の遠くなる作業を始めてから早2時間、小慣れてきたせいか何となく緩やかな雰囲気が流れてくる。
 「名前ちゃんってさ、千空ちゃんの彼女なんだよね?」
 「うん」
 隣で同じ作業をしているゲンくんが、そっと確認するように声をかけてきた。
 それに単純な肯定をすると、何故か釈然としないように首を傾げられる。
 「いやー、なんかそんな感じあんましないって言うか…」
 「まあこんな状況だとねー、楽しくイチャイチャとかしてる場合じゃないし」
 待て、そもそも石化前も別にイチャイチャしたこと無いな?
 以前の生活を必死に思い出してみたが、該当の記憶は残念ながら存在しなかった。え、うそ悲しい。
 「急に恋バナ?私とゲンくんで?」
 今まさに司帝国を御さんとするための諸々を作っているまあまあ殺伐としたこの状況下での恋バナ、しかもゲンくんと。斬新だな。
 「いやー、俺と名前ちゃんの共通話題って言ったらやっぱり千空ちゃんでしょ?」
 「確かに」
 ここにはタイミングが良いのか悪いのか、私とゲンくんしかいない。石神村のみんなは冬越しの準備だったり稽古だったりで一斉にはけてしまっていた。
 「今までゲンくんと2人だけで話した事って、そういえば無いよね」
 「そうそう、仲良くなるにはお互い知ってる話からってね」
 元々気にはなってたのよ、ジーマーで。と付け足される言葉になるほどと頷く。
 「うーん、なんて言うか、千空って昔からああいう感じだからなあ」
 「あ、やっぱり?」
 会話が弾んできてもお互い手は一切止めない。
 私が口を開くと興味深そうな表情になるのは、素なのか作っているのか分からないが、彼も楽しく会話する気があると言う事で気にしないことにする。
 「千空ちゃんもだけど名前ちゃんもさ、結構面白いよね。この間のやつびっくりしちゃった」
 「この間?」
 「千空ちゃんがバツイチって聞いた時、普通羨ましいって言う?」
 「…ああ!だってさ。良くない?私も千空と結婚したい」
 そういえばあった。何かの会話の流れで、千空がルリちゃんと結婚して5秒くらいで離婚したことを知った時のことか。
 あの場にいたのは、確か千空とコハクちゃん、スイカちゃんにゲンくんだった。
 「もっとさ、『私というものがいながら!千空の裏切り者!』みたいになのないの?」
 「あははは!ゲンくんめちゃくちゃ声真似上手いね!」
 私の声なのに私が絶対言わない台詞が出てきて、思わず吹き出してしまった。妙にツボに入ったそれの所為で暫く笑いが止まらない。
 そういえば最近こんなに大笑いしたことないかも、なんて冷静な私が頷いていた。
 「…はー、笑った。うん、まあそういう気持ちが全く無いって言ったら嘘になるけどさあ」
 笑いすぎて若干不恰好になった制作物を丁寧に直しながら、ゲンくんとの会話を続ける。
 「千空の事だからなんか事情があるんだろうなって最初に思ったから、思わず1番の本心が出ちゃったよね」
 うんうんそれで、と人好きのしそうな顔で先の言葉を促すゲンくんに、特にもう話すことが無いと告げた。
 「いやあ〜…千空ちゃんは随分愛されてるな〜」
 「まあね!千空からのレスポンスは悪いんだけどね!」
 こちらからの愛の言葉を片耳に指を突っ込みながら聞き流すような男だ。まあそう言うところを含めて好きなんだけども。
 「例え一方通行だとしても、向こうの言質はとってるからいいの」
 「一方通行ねえ…」
 ひとまず彼氏彼女と言う関係にありつけてるだけでもかなりの僥倖なのを、私は理解しているつもりだ。
 なんて事を考えてる間に、そろそろ作業も終わりに近づいてきた。どんどん出来上がる何かしらの部品たちを眺め、一度身体を解すように伸びをする。
 「ねえ、名前ちゃん」
 「ん?何?」
 伸びの途中で声をかけられたので変な格好で止まってしまいながも、ゲンくんに顔を向ける。
 「俺と2人きりで話すの初めてだよね?」
 「そうだね」
 「俺だけじゃなくて、千空ちゃん以外の男の人と2人きりで喋ったり何かしたこと、ある?」
 私に確認するように、ゆっくりと指を2本上げながら喋るゲンくんを見ながら記憶を辿る。
 「……………そういえば無いかも?」
 「このめちゃくちゃドイヒー作業の塊を少人数で捌いてる俺たちにさ、誰かと2人きりになるタイミングなんていくらでも起こり得るよねえ」
 確かに、現にクロムくんと千空はよく2人で何かしてるし、金狼くんと銀狼くんもセットでいることが多い。
 「おいゲン」
 ゲンくんに相槌を打とうとした瞬間、扉の近くから声がした。
 「昼に一回出来た分集めるぞって言ってただ…あ゙ぁ?」
 「あ、千空」
 今日会うのは初めてだな、と嬉しくなって手を振ったのに、返ってきたのは軽い舌打ちだった。
 「他の奴らはどこいった?」
 「みんな丁度出払っちゃってさ〜」
 やれやれとでも言うような大袈裟な身振りで伝えるゲンくんに、千空の眉間に微かに皺が寄る。
 「あ゙ー…そういやルリが言ってたな。しょうがねえ…名前、出来たのラボまで持てっか?」
 「あ、うん、持てるけど」
 短くため息を吐いた千空が、こちらに向かって話しかけてくる。
 「ゲンはこのまま残りの作業頼んだ」
 「はいはい」
 行くぞと言われて慌てて荷物を持ち上げる。かなりの量なので、千空と半分ずつ持つことにした。
 つまり必然的に2人で歩いていくことになる訳で。
 「嬉しい…」
 「これだけで喜ぶって、テメーはどんだけ低燃費なんだよ」
 いつものように喉の奥で笑いながらこちらを見てくる千空にへらへらとした笑顔で応える。
 「ついでにちょっとラボも手伝ってけ」
 「わかった!」
 思わず勢いよく返事をしてしまって、こんな近くで叫ぶんじゃねえと鋭く返されてしまった。

 「いや〜藪蛇藪蛇」
 一方通行?とんでもない。
 今の一瞬鋭くなった目つきが全ての答えだ。
 「そもそも、仕事の振り分けがあからさまなんだよね…」
 気づいてるのは自分くらいであろうが、明確な意志を持って、かつさりげなく誰かと2人きりにならないよう組まれている。今回あのようになってしまったのは全くの偶然の産物に過ぎない。
 「しかも全部片手間にやってるのがまた厄介というか、何というか」
 今は全ての意識を科学文明発展の為に駆使しているのだろうが、それが終わったら?
 石の世界を科学で救うような男がその頭を駆使すれば普通の女の子なんてひとたまりも無いだろう。
 「ま、石化前もあんな感じだったみたいだし大丈夫か」
 お幸せに、なんて少し気が早いけれど。

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