小説 | ナノ



▼お手軽逃避行□

 身体に纏わりつく空気が生温い。涼しいからと買った夏用のタオルケットも、数十分で体温が移ってしまって跳ね除けた。
 「あっつい…」
 「眠れんな」
 隣で横になっている鯉登くんも、不快そうな声で唸る。
 いつもはおやすみ3秒と言っても過言でない彼すら眠れないなんて一大事だ。
 明日は土曜日だし、お互い用事もない。ベッドから起き上がり鯉登くんに近づいた。
 「お散歩に行こう」
 何度寝返りを打ってもどうせ寝られないなら、散歩ついでにアイスでも買いに行こう。
 不思議な顔をしていた彼も、アイスと聞いて嬉しそうに寝室を出る。
 「行くか」
 玄関に行くと、鯉登くんはすでにサンダルを履いて待っていた。こちらもこの間買ったばかりのサンダルに足を入れ、カバンを持ち直す。
 扉を開けた途端、ゆるりと風が頬を撫でて通り過ぎる感触が心地良い。
 「これ外の方が風通る分涼しいかもね」
 遠くの方で鳴くセミの声を聞きながら、並んで歩いて行くとすぐコンビニに着いてしまった。
 流石コンビニ、尋常じゃなく近い。
 これじゃあ余り散歩にならないと鯉登くんを見上げると、そっと手を引かれる。
 「もう少し離れた所まで行かないか」
 普段、外では恥ずかしいからと言って手を繋いでくれない鯉登くんが、手を握ってきた。
 嬉しさの余り手に力が入るが、私の握力程度で痛がる彼ではない。手を握り返したことを肯定と取ったのか、またゆっくり歩き始めた。
 これだけでも、夜更かしの甲斐がある。
 「もう夏だね」
 「そうだな」
 何でもない会話も、鯉登くんとだと何故こんなにも幸せに感じるのか。
 15分程歩いただろうか、またコンビニを見つけた。そろそろお互い汗ばんできた所だ。軽快な来店音を鳴らしながら店内に入る。途端に離された手が寂しい。
 「コンビニが一番涼しいな」
 「ほんとそれ。むしろ汗引くと寒いかも」
 遠慮なく稼働する冷房に腕をさすりながら、アイスコーナーを覗き込んだ。
 こういう時は氷菓がいい。お手軽な値段のアイスバーを手に取り、カゴを見た瞬間思わず声を上げてしまう。
 「えっなんで?」
 いつもは高級カップアイスを速攻でカゴに入れるのに、何故か2つに分かれるチューブ型アイスが放り込まれていた。
 「歩きながら食べやすいだろう」
 至極当然、とでも言うような態度に思わず頷く。確かに、家に着いてから食べるには気温と距離が心許ない。
 「じゃあ私は別の味買おうかな」

 コンビニから出ると、気温差にどっと疲れる。歩きながら急いでアイスを開けて割った。
 「美味しい」
 ガシガシとアイスを解しながら食べていると、空いている手が急に暖かくなった。また、手を繋がれている。
 「これなら、片手でも食べられる」
 少し照れたようにアイスを食べる彼の横顔に、たまには夜更かしをしようと決意し緩く手を握り返した。

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