小説 | ナノ



▼にわか雨□

 部屋に戻り、明日の準備をしようとカバンの中を見た時に気づく。
 「宿題忘れてきた…」
 明日提出しなければならない数学のプリントが、ない。
 プリントを入れたファイルごと忘れたらしく、名前のカバンには教科書のノートだけが整然と収まっていた。
 数学の先生は厳しく、宿題を忘れようものなら更に宿題を追加されてしまうだろう。
 時計を見ると、針は22時を指している。すでに学校は閉まっている時間だ。
 名前諦めて枕元にある目覚まし時計に手をかけ、いつもより30分早めてセットし始める。
 その後もそもそと移動し、明日の時間割を確認しつつ教科書を入れ替えた後、スポーツバッグにも手をかけた。
 明日は部活もある。ジャージにタオル、靴などの一式が全て揃っている事を確認してから布団に入って未来の自分に念じる事にした。
 明日の私よ、頼んだぞ。
 名前は気持ちいつもより目覚まし時計を近くに寄せ、そのまま目を閉じた。

 ジリリ、とけたたましい音に飛び起きる。
 「うるさい!」
 思わず勢い良くボタンを押して音を止めると、しっかり時間通りだ。二度寝だけはしてはいけない。
 名前は布団から跳ね起き、支度をしてから家を出た。
 玄関を開けると、眩しい太陽が己の目を刺激する。今日は俄雨が降ると予報で言っていたが、嘘ではないかと思うほどの晴天だ。
 カバンを肩に掛け直し、日差しの中へ飛び込む。学校までは歩いて15分、この日光に自分が耐えれるかどうかが不安である。

 普段より早足で歩き、学校に着いた。人気の無い靴箱に何となく若干の優越感を抱く。
 名前が靴を履き替えた瞬間、空気を裂くような音が聞こえた。
 「なに?!」
 驚いて振り返ると、先ほどの青空は何だったのかと言いたくなるほどの土砂降りに目を見開いてしまう。
 「うわぁ」
 危なかった。ぼんやりと外を見ていると誰かが走ってくるのが微かに見えた。
 どう見ても傘を差していない。
 雨で誰だか分からないと思っているうちに、水浸しの人が靴箱に辿り着く。
 「傘差す暇もなか!」
 鬱陶しそうに前髪を掻き上げたため漸く顔が見えた。
 「鯉登くん?!」
 隣のクラスの鯉登くんが、濡れ鼠になっている。衝撃の余り叫んでしまい、彼が肩を揺らした。
 「なんだ?!…ああ、隣のクラスの苗字か」
 おはよう、と言われる時もポタポタと雫が落ちてきている。名前は慌てて自分のカバンから部活用のタオルを取り出した。
 「おはよう!とりあえずこれ使って!」
 その状態だと気休めにしかならないが、無いよりマシだろう。差し出したタオルで乱暴に頭を拭く彼の全身を見る。水分で体に貼り付く布が気持ち悪そうだ。
一通り拭いた後に、タオルを肩に掛けた鯉登がこちらに向かって口を開いた。
 「助かった…あいがとな」
 照れたように呟く彼に、否定するように両手を降る。
 「むしろ、タオル小さくてごめんね。服凄いけど大丈夫?」
 シャツが水で透けて、彼の上半身がうっすら見える。名前が視線を斜め下に泳がせていると、鯉登がボタンを外し始めた。
 「えええええ!」
 仮にも女子の前で脱ぐ奴があるか。顔を逸らす前に見えた体が目に焼き付いてしまう。
 綺麗な顔とは裏腹に、鍛え抜かれた腹筋が見えてしまった。早鐘のようになる心臓を鎮めるように胸を押さえる。
 「済まなかった。タオルは洗って返す」
 鯉登くんの声に顔を上げると、Tシャツに着替えた姿で立っていた。思わず長く息を吐く。
 「…お気遣いなく」
 そこを気にするならもっと別のことを気にして欲しい、とは自分の口からは言えなかった。

▼back | text| top | ▲next