小説 | ナノ



▼13

 先日新年の挨拶をしたつもりだったが、すでに新入社員が入社する季節になっていた。
 時の流れの速さが年を重ねるごとに加速していく気がする。名前は、自分が入社してからの年数を指折り数えてぞっとした。
 どうりで親戚の子供も大きくなるわけである。一年に一度しか会わないから余計に成長目覚ましい彼らに付き合ったのも、数ヶ月前の話になっているのだ。
 「こうして人は老いていくんだ…」
 パソコンに向かって小さく呟くと、隣の月島が怪訝な顔をしている。
 しまった、仕事中だ。
 誤魔化すように笑う名前の顔を見て、月島が無表情で言い放つ。
 「よく分からんが、勤務時間中は仕事に集中するように」
 「はい」
 素直に頷く名前の目の前にお菓子が置かれた。
 「後で食べろ」
 「ありがとうございます」
 やはり優しい先輩だ。名前はお菓子を引き出しに仕舞い、パソコンに向き直る。
 今日は鯉登とご飯を食べにいく日だと、早く切り上げるためにキーボードを叩き始めた。

 「進級した」
 「おめでとう」
 出会い頭にそう言われて、反射的に祝いの言葉を返す。
 名前は鯉登が留年するなど考えていなかったし、彼自身もそうだろう。何故か嬉しそうにしている鯉登に首を傾げた。
 まさか単位が危かったりしたんだろうか。
 「随分嬉しそうだけど、何かあった?」
 本日の店へ向かう道すがら、何となく聞いて見る事にした。
 鯉登は名前の顔を一瞥してから軽く頷く。
 「今年で20歳になるからな」
 真っ直ぐ前を見る彼の横顔を見上げると、微かに口角が上がっているのが分かる。
 確かに20歳になった時は特に何をするでも無かったが、名前も嬉しかった事を思い出した。
 「ああ、そうだよね。お祝いしないと」
 名前が昔を思い出し暖かい気持ちになっているところで、目的の店に着いたため店内へ足を進める。
 席に腰かけた途端、真剣な顔の鯉登と目が合った。
 「忘れたのか?」
 「何が?」
 「成人したらもう一度言う約束だ」
 ピタリ、とメニューを取ろうとした名前の手が止まる。
 「忘れてない、です」
 思わず敬語になってしまった。名前が鯉登と目を合わせると、彼は満足気に笑ってメニューを開く。これ以上その会話を続ける気は無いらしい。名前も鯉登に倣ってメニューを開いた。美味しそうな写真付きのそれらが一切頭に入ってこなかった。
 確かに忘れていた訳じゃないが、そんなに待ち焦がれているみたいな顔をされるとどうしていいか分からない。
 とりあえず適当に頼み、店員が下がると2人の間に沈黙が訪れる。
 「誕生日って、いつ?」
 純粋に祝いたい気持ち半分と、心の準備をしたい気持ちが半分。名前の脳内がせめぎ合っている中で静かに聞いた。
 「明日だな」
 「うそ?!」
 自分で思った以上に大きな声を上げてしまい、名前は急いで自分の口を塞ぐ。
 「嘘だ」
 滅多に見ない意地の悪そうな顔で水を飲む彼を軽く睨んだが、全く効果は無かった。
 「本当は?」
 睨むのを止めて聞くも、答えてはくれない。
 「教えてくれないと、プレゼントも用意できないじゃない」
 「別に物はいらないから問題ない」
 しらっと言い放つ鯉登は確かに物に困ってなさそうだが、こちらの祝いたい気持ちをどうしてくれるつもりだろう。
 「名前さんがいれば良い」
 だからギリギリまで内緒だ、と鯉登が言ったところで店員が食事を運んで来た。
 最早、その言葉自体が告白ではないのかという言葉は食事と一緒に飲み込んでしまおう。

▼back | text| top | ▲next