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不思議な告白からしばらく経ち、気がつくと木々の紅葉が始まっていた。
あれから2人の関係は特に変わっておらず、毎週水曜日に夕飯を共にするという約束も継続している。
未成年と一緒だと気が引けると名前が敬遠していた居酒屋も、食べ物がどうしても気になると言う鯉登に押し切られ連れて行ってしまった。もちろん、一滴足りとも飲酒はさせていない。
彼と会話するのは楽しいし、見事な食べっぷりは見ていて飽きない。
しかし、と名前がデスクに両肘を付き、組んだ手に額を乗せた。
「月島さん…友達って、何ですか?」
「急にどうした」
最近、鯉登に押されて色々出かけているが、これは友人として度が過ぎてないか。そして自分は流されすぎではないか、と名前が唸る。
隣の月島は変な生き物を見るような目で名前を見てくるが、察したようで深く頷かれる。
「前に言ってた大学生か?」
「はい」
縋るような目で名前が見つめると、月島は困ったように首に手を当てて目を逸らす。
「俺に言われてもな、アドバイスなんてできないぞ」
「違うんです。客観的に見て、友人として見えるかどうかです」
勢い良く顔を上げ、月島の肩に掴みかかると冷静な一言が降ってきた。
「客観的に言えば、男女が2人で歩いてたら恋人に見えるだろ」
苗字に限らずだ、と付け加える月島の肩から力なく手を離す。
「ですよね」
「あと、大学生だと外見から成人かどうかなんて見分けはつかないな」
正論すぎて返す言葉も無い。
「結局は当事者同士がどう捉えているかじゃないか?」
全て月島が正しい。すごすごと名前が席に座ると、携帯の画面が光っていた。
『明日はどこへ行く?』
先週パスタだったから米がいいな、と返す名前を見て月島が呆れたような顔をする。
「時間の問題だと思うがな」
小さく呟かれた声は、名前の耳には入らなかった。
そんな会話をした週の金曜日。トラブルがあったと聞かされたのが午後10時、明日来てくれと頼まれて断れる後輩がどこにいる。いつも世話になっている月島のためだと、名前は目覚ましをセットした。明日は一日中家にいる予定しか無かったので問題ない。
名前は晩酌をしようとしてた手も止め、大人しく布団に滑り込んだ。
目を覚ますと、アラームの鳴る2分前を針が差している。気怠い身体を起こして支度をして、すぐに駅に向かった。
己の気分を少しでも上げるために、いつもの仕事着より華やかな物を選んでいる。歩くたびに靡くスカートは、この間買ったばかりだ。
駅に着いた途端、名前の目の前にいる男性のポケットからパスケースが落ちる。
拾い上げて差し出そうと顔を上げると、落とし主はすでに先に進んでしまっていた。
「あの!」
土曜日の朝でごった返す駅前では声が通らなく、全く振り向く気配のない男性を見失わないように慌てて追いかける。
ようやく男性が止まったところで、名前はもう一度声をかけた。
「あの、パスケース落としましたよ」
「え?あ!」
振り向いた男性は顔に大きな傷があり少し驚いたが、名前の持っているパスケースに気付くと申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「すみません」
受け取ろうと出してくる手が、しかし名前の手元に届かない。不思議に思っていると、男性の目がみるみる見開かれていった。
「名前さん?」
何故名前を知っている。面識はないはず、と思わず名前が不審な目付きで見上げてしまうと、彼は弁解するように手を振る。
「あ、いや、俺鯉登の知り合いで」
「名前さん!」
彼の言葉を遮るように元気な声が耳に入ってくる。
「どうしてここに?」
名前と男性の間に割り入るように体を滑り込ませる鯉登の後ろから、不満の声が上がっているのを全く無視して話しかけられ、苦笑いしてしまった。
早く職場に行きたいという名前の思いは、誰にも通じない。
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