▼災い転じて福となれ□
今年に入ってから3通目の結婚式招待状が届いた。可愛らしい装飾のそれらは、封筒から既に幸せなオーラが見える気がする。
また1人、独身仲間が減ってしまった。
もちろん他人の幸せを僻むつもりはないが、こうも立て続けに式があると何となく焦る。
そもそも自分は相手を探すところから始めないといけない、と名前は化粧をする手を止めた。どう考えても出遅れている。
いやでも人生結婚が全てじゃないし、などと考えている間に出勤時間が迫ってきていた。
危なく遅刻するところだった。朝から自分の人生を振り返るのは止めよう。
「おはようございます」
フロアの人達に挨拶をしてから席に着く。
隣の席の鯉登は、今日もしっかりスーツを着て書類に目を通していた。
相変わらず高そうなスーツを着ている。顔立ちも整っているため、今日も眼福だと名前の荒んだ心が癒されていく。
「おはよう。今日は参加するんだろう?」
「飲み会?参加するよ」
書類から目を離して名前を見る彼に簡単に返した。
以前から知らされていた飲み会が本日開催される。メンバーはここのフロアの人達だと聞かされているが、そういえば誰がくるか、名前は聞いていない。
「鯉登くんも行くんだよね?他に誰が来るか知ってる?」
「わからん」
彼もも知らないのか。まあ、同じフロアの人なら気心の知れている人達ばかりだから大丈夫だろう。
始業時間になったところでお互いの会話は途切れた。
終業後、飲み会参加メンバーがぞろぞろと目的地に歩いて行く。
名前も行こうと携帯に手を伸ばすと、招待状を送ってきた友達からメッセージが届いていた。
『しばらく式の準備で忙しいから遊べないかもー』
でしょうね。
携帯を握る手に力が籠るのが、自分でも分かった。
「で、私はまた1人友人を見送る訳ですよ鯉登くん」
飲み会の席でちょうど向かいに座った鯉登に嘆く。飲みの席で愚痴なんて申し訳ないが、酔いが回った頭では歯止めが効かない。
隣の人達も随分盛り上がっているから、名前達の会話は聞こえていないだろう。
「最近未婚の人も増えてるし?結婚だけが人生じゃないって分かってるけど、周りの友達が次々と結婚してくと焦るんだよー!」
ドン、とジョッキを勢いよくテーブルに置く。
「そ、そうか」
引き気味に言う鯉登くんに名前は更に続けた。
「趣味とかあって充実してる人見てても羨ましい…私にはできない…」
空になったジョッキを見つめると、歪んだ自分の顔が映る。
こんな酔っ払いに絡まれて鯉登も災難だな。名前の冷静な部分が、明日は土下座で謝れと囁きかけた。
「鯉登くん、私のこと貰ってくんない?」
シラフなら絶対言えない冗談も、お酒が入ると簡単に飛び出して来る。
「いいのか?」
急に周りの声が遠くなり、時が止まったのような錯覚を感じる。彼を見ると、今まで見たことがないような真剣な顔をしていた。
なに、これ。
「…鯉登くんも冗談とか言うんだね!」
笑って済まそうと思い彼を茶化す。こんなべろべろの酔っ払いに言うにしてはレベルの高い冗談だ。
「俺が貰ってもいいのか?」
名前の言葉を聞いていないのか、鯉登は同じ言葉を繰り返す。
もう駄目だ全然理解できない。
「鯉登くんも酔ってるでしょ」
そう、ここはお酒の席なのだ。何を言ってもお酒のせいにしてしまう。
「明日もう一度言う」
諦めたようにため息をつく彼に、やっぱりよく分からんと首をかしげることしか出来なかった。
次の日鯉登くんから全く同じ言葉を言われて、冗談じゃなかったのと悲鳴を上げる羽目になることを、まだ名前は知らない。
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