小説 | ナノ



▼6

 次々と運ばれてくる寿司たちを、2人して口の中に放り込んでいく。黙々と食事をしていると、鯉登が何か思い出したように静止した。その様子を横目で見た名前の手も止まる。
 「どうかした?」
 うろうろと視線を彷徨わせる鯉登をつい物珍しげに見てしまう名前だが、彼が気にする様子はない。一度強く目を瞑ったと思ったら、いつも以上に強い目力で見つめられた。
 思わず後ろに仰け反る名前にそのままの状態で話しかけてくる。
 「今日で最後だと言っていただろう」
 「…そうだね」
 美味しさの余りすっかり忘れていた。
 「行きたい場所が出来たんだが、土曜日は空いているか?」
 言われた言葉に、名前は週末の予定を記憶から掘り起こす。
 「空いてるけど、何食べに行くの?」
 ここらの有名どころは制覇したはずだが、まだ行ってない所があっただろうか。
 「食べ物では無い」
 鯉登が何やらカバンから探り出し、名前の方へ差し出してくる。見ると、チケットが2枚彼の手に収まっていた。
 「すいぞくかん」
 名前がチケットの文字を読み上げると、鯉登が大きく頷く。彼の顔とチケットを何度か往復して見た後、名前は気の抜けた声を出してしまう。
 「こういうのは彼女と行った方が…」
 「いない」
 はっきり告げる鯉登に、確かに彼女がいたら私とご飯を食べになんて来ないなと納得する。
 唸る名前に痺れを切らしたのか、鯉登が矢継ぎ早に喋り出した。
 「おいは名前さんと行こごたって思うたで誘うちょっど」
 「うん?」
 よく聞き取れなかった。名前が少し身を乗り出して聞き返すと、彼は一度咳払いをして言い直す。
 「名前さんと行きたいから誘っているのだが」
 まっすぐ此方を見据える目に、はい以外の言葉が出てこなかった。

 結局今週の土曜日に水族館に行くことになってしまった名前は、自宅への帰り道をのんびり歩く。
水族館に行くなんて何年振りだろうか。友人と連れ立ってはしゃいだ記憶も大分色褪せている。男性と行った記憶などむしろ無い。
 家の鍵を回した時にふと、気づいた。
 「これは、もしかしてデートか…?」
 途端に高揚する気持ちを無理矢理押さえつけるように、勢いよく扉を開けた。
 これだけ歳が離れているんだ。きっと向こうは姉のように慕ってくれてて、今回のは今までの感謝の気持ちとかそういう感じだろう。
 一度深呼吸をしてゆっくり家に入ろうとして、足を挫く。
 「空気読んで私の足…」
 痛む足首をさすりながら、当日はどんな服を着ていけばいいだろうと、クローゼットの中身を頭に思い浮かべる始めた。

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