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さて帰ろう。
定時から2時間が経過した職場は、すでに閑散としている。
なんせ今日は金曜日だ。名前も早く帰りたかったが、終業間近に上司から業務を言い渡された。
何で今言うんだよ。心の中では罵詈雑言の嵐だが、笑顔で了承した自分を褒めて欲しい。
パソコンを落として立ち上がる。ドアに手をかけたところで、数名残るフロアに向かって挨拶をした。
外に出ると湿気を含む空気が体を包む。もうすぐ梅雨が来るなと自然と眉間に力が入った。
今日は何を食べようかと前を向いた瞬間、反対車線の男性と目があった。
以前名前が道案内をした大学生、鯉登音之進である。
彼は驚いた様に大きく目を見開き、名前に向かって叫ぶ。
「そこで待っててくれ!」
「あ、はい!」
勢いに押されて名前も元気良く返事をしてしまった。周囲の人の視線がこちらに集まるのを感じて、少し萎縮する。
鯉登は周りの友人達に声をかけてから名前の方に走ってくる。車通りは多くないが、しっかり信号が変わるまで待つ彼の真面目な姿に感心した。
「良かった。やっと見つけた」
心底嬉しそうに呟く鯉登に若干の罪悪感が芽生える。
もしかして、あれからずっと私のこと探してたんだろうか。
名前と鯉登があった日からすでに2ヶ月が経過している。
「礼がしたいと思ってたのだが、今からでも間に合うだろうか」
「いやむしろ忘れててくれて良かったよ?!」
会った時も律儀だと思ったが、ここまでとは思わなかった。
思わず大きな声を出してしまった名前に鯉登は不思議そうな顔をする。
「忘れるはずないだろう」
あまりにも当たり前のように言われ、名前は喉の奥から変な声が出た。
「ぐっ…わざわざありがとう」
久しく接してなかった純粋な空気に当てられそうだ。今日の淀んだ心が浄化される気がする。
「すまないが、私はまだここの周囲に詳しくなくてな。どこか行きたい場所はあるだろうか」
あれ、このままだと年下の男の子に奢られる流れか。
「いや、ほんとお気持ちだけで…」
「それじゃあおいん気がおさまらん」
上手く聞き取れなかったが、鯉登の不服そうな顔を見るだけで名前にも何が言いたいのか分かった。中々の頑固さである。
「じゃあ、あそこで」
名前が指差す先には有名なドーナツチェーン店があった。確か今100円キャンペーン中だったはず。
「わかった。行こう」
歩きだす鯉登に、名前は慌ててついて行った。
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