小説 | ナノ



▼鯉登

CASE1:あの日の彼

気がついたら、自分の部屋程の大きさがある見覚えのない室内にいた。
周りを見渡しても扉などはなく、ソファとテーブル、そしてそこに置かれたお菓子くらいしかここにはない。
「なに、これ…」
呆然と呟く私の耳に、小さな声が漏れ聞こえた。
音がしたソファへ向かうと音之進が気持ちよさように眠っている。
「え?ほんと何?」
訳が分からない。しかしすでに異世界トリップを経験している私は、冷静に彼を起こす事にした。
「音之進くん、起きて」
軽く揺するとすぐに目を覚ます音之進にほっと一息つく。次の瞬間、室内に軽快な音が鳴り響いた。
驚いて顔を上げると、先程まで無かった『○○しないと出れない部屋』という電光パネルが煌々と輝いている。
あ、これ私知ってる。インターネットで流行ってるやつだ。確か、私が見たことあるのはキス、とかハグとか、恋愛関係の物が多かったな。
自分が読んだ作品を思い返して背筋が冷えた。
「犯罪じゃん!」
思わず顔を手で覆って膝を折る。横目では何もわかってません、というような表情の音之進が首を傾げてこちらを見ている。
この幼気な少年にそんな事出来ない。そう絶望にも近い感情を抱いた途端、また軽快な音が響いた。
『あっち向いてホイで5連勝しないと出れない部屋』
「セーフ!よく分からないけどセーフ!」
反射的に叫んでしまった私を、驚いたような目で見る彼に謝った。
「なんじゃ?」
未だに分かっていない音之進に説明する。
「あっち向いてホイでどっちかが5回連続で勝たないといけないんだよ」
「分かった」
いやいや、理解が早すぎる。私が言っておいて何だが、もう少し警戒心を持つべきである。
「わいが嘘つっはずがなか」
信頼されているのは大変嬉しいが、当たり前のように言われて何だか気恥ずかしい。
「じゃあ、行くよー」
じゃんけんぽん、2人で声を揃えて始めたそれは案外難しく、最終的に打ち合わせをすることになるとは、この時思いもしなかった。

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