小説 | ナノ



▼天才少年の奮闘録(三郎)

 確か私は一郎くんと買い物に行く約束をしていた筈だ。何故、彼の弟君と2人きりでベンチに座っているのだろう。
 名前がちらりと横を見ると、つまらなそうな顔で携帯をいじっている三郎が目に入る。
 怖い。最近のティーンエイジャー何考えてるか分からなくて怖い。
 もちろん自分がティーンエイジャーだった時だって他人が何を考えていたか知っていた訳では無いが、歳を重ねる毎に感性が変わるのか、最早未知の生物のようだ。
 「あの、三郎くん?」
 名前と約束していた一郎は、店舗限定予約品の列に猛ダッシュして行った。もちろんこちらへ一声掛けてから走り出したので見送ってベンチに腰掛けたまでは良い。
 その後颯爽と隣に現れた彼に動揺を隠せなかった。
 「何ですか?」
 返事をするも携帯から目を離さない三郎に、自然と眉が下がる。
 一郎と名前は所謂オタク仲間でよく一緒に買い物に行くが、三郎とは少し話した事がある程度だ。よく二郎と喧嘩しており、その度に一郎が諌めているのを見かける。
 「や、何でここにいるのかなって」
 彼との年の差は6つ以上あるはずだが、何故か気後れしてしまうのは彼の整った容姿のせいだろうか。
 「いちゃ駄目ですか」
 「駄目じゃないです!」
 軽く睨まれて反射的に大きな声で否定する。
 なんだこの塩対応。君、ファンにはニコニコ挨拶しているじゃないか。なんて言葉が脳内を通り過ぎるが、口に出すことは無い。
 「…最近、どうですか」
 「最近?」
 携帯を仕舞ったかと思えば、おもむろに投げ出された言葉に首を傾げる。
 三郎の視線はこちらに固定されたまま、続きを紡ぐつもりはないらしい。
 「えー、最近は…いつも通り仕事して、深夜アニメチェックして…ああ、通勤途中に見たことないパンケーキ屋さんがあったから、今度行こうかなって思ってるけど」
 「誰と?」
 「だれと…?」
 被せ気味に発された言葉を鸚鵡返しする。
 真っ直ぐ見られる視線が痛くて、さり気なく顔を斜め下へ向けた。
 「今のところ、1人で行く予定だよ」
 「そうですか」
 名前がポツリと呟くと、興味の無さそうな相槌が聞こえて顔を上げる。三郎は、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
 誘う友達もいないのかと憐れまれているのだろうか。いまいち彼の表情から思考が読み取れない。もう1人の弟、二郎ならばもう少し分かりやすい顔をしてくれるのだが。
 「いつ行くんです?」
 「多分、次の休みにでも…」
 何故か尋問を受けているような気持ちになってきた。自分の手帳を開き休日を指差す。
 「ここで」
 手帳をじっと見つめる三郎を眺め、仕事以外の予定がほぼ空のそれが恥ずかしくなる。
 名前はすぐさま手帳を閉じ、鞄に仕舞った。
 「行ってあげましょうか、一緒に」
 「んん?」
 誰が、誰と、どこに。
 そのまま口に出そうとした名前だが、彼の恥ずかしそうに逸らす目線と、居た堪れないように身じろぎをする反応を見て察する。
 もしかして、甘いものを食べたいけど男1人では入りづらいとか、思春期男子的思考かもしれない。だとしたら余計な詮索は野暮だ。
 「うん、一緒に行ってほしいな」
 今こそ年上の威厳を見せる時である。
 名前は出来るだけ優しく微笑んで三郎に声をかけた。すると、見る見るうちに彼の顔に喜色が浮かぶ。
 「いいですよ」
 「じゃあ集合場所は…」
 視界の端で一郎が走ってくるのが見えた。振り向くと、名前に向かって笑顔で右手を持ち上げている。
 どうやらお目当ての物は手に入れたらしい。
 「場所と時間は携帯で連絡してください」
 すっと差し出された携帯画面は、トークアプリの追加設定を表示していた。慌てて名前も携帯を取り出し、三郎のアカウントを追加する。
 「じゃあ、僕はこれで」
 颯爽と立ち去る彼に呆然としていると、上から声が降ってきた。
 「あれ、今三郎いなかったか?」
 「うん、いた。帰っちゃったけど」
 なんで?と首を捻る一郎と同じ動作をしてしまう。
 「とりあえず、買い物行くか」
 「だね」
 名前は立ち上がり一郎と並ぶ。
 自分の背中遥か遠くで、三郎が小さくガッツポーズをしてるなんて、思いもよらなかった。

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